終章第七話 解放戦
第一収容所を脱獄したリリシアと囚人たちはそれぞれの故郷に帰るべく、ニルヴィニアが創造した新たなる世界を歩き続けていた。囚人たちの帰るべき場所に戻るためには別の収容所にいる囚人を解放し、戦力を加えることが優先とのティエラの提案により、地上界から連れてこられた人たちが多数収容されている第二収容所に向かう事になった。しかし第二収容所の囚人たちはニルヴィニアによって生み出された洗脳獣ヒュプナーの手によって洗脳され、強制労働を強いられていた。見張り役のヘルズヒューマノイドからヒュプナーを倒さなければ囚人たちの洗脳は解けないことを知ったティエラは見張り役のヘルズヒューマノイドを人質にとり、ヒュプナーを第二収容所に呼ぶように命令した。
ティエラの脅迫に観念したヘルズヒューマノイドは二体のヒュプナーを呼び寄せたが、突然呼び出され機嫌を損ねたのかヒュプナーは触角から光線を乱射し、騒ぎを聞きつけて集まったヘルズヒューマノイド達を攻撃し始めた。ティエラとウルが二体のヒュプナーを相手にするなか、リリシアと囚人たちは洗脳されていない囚人を探すべく第二収容所へと向かうのであった……。
囚人の一人が発見した隠し階段を下りた先には、独居房と思われる地下牢獄がその眼の先に広がっていた。
「どうやらここはこの収容所で暴行などの罪を犯した者が入れられる独居房みたいなところのようね。この地下牢獄の奥の方に人の気配を感じるわ。」
リリシアが人の気配を頼りに地下牢獄を進んでいると、牢獄の中に一人の男の姿が目に映る。男は手枷と枷をつけられ、身動きが取れない状態であった。
「牢の先に人の姿が見えた…しかし鍵がかかっていて開けられないわ。とりあえず鍵を持っている奴を探すしか方法はなさそうね。」
リリシアの言葉を聞いていた男は、手足をばたつかせながら声を上げる。
「誰か…そこに誰かいるのか!!」
「私たちは第一収容所から脱獄してきた者です。あなたを救出するために来たのよ!!」
囚われの男がリリシアの方に振り向いたその時、何かを思い出したのか急に声を荒げる。
「お、お前はっ!!どこかで見たことのあるその紫の髪といい赤い衣装…まさか、いつぞやの仮面の魔導士の手下のリリシアかっ!!」
「ま、まさかこんなところであなたに会うとは思わなかったわ。助けたいのはやまやまだけど独居房の鍵を持っている奴がどこにいるかわからないのよ。とりあえずそいつを探して鍵を奪わない限りはあなたを助けることは不可能よ。待ってて、かならずあなたを助けるわ。」
独居房に入れられていた男は、かつて敵対していたレイオスたちのリーダー、ファルスであった。そんな中、収容所の見回りをしていたヘルズヒューマノイドがリリシアの前に現れる。
「キ…貴様、ドウヤッテコノ独居房ニ入ッテキヤガッタ!!侵入者ハ生カシチャオケネェ…コイツデバラバラニシテヤッカラ覚悟シナァッ!!」
ヘルズヒューマノイドは魔力で稼働する回転刃を手に、リリシアに襲いかかってくる。
「魔力稼働型の回転刃っ!!あんなのをまともに食らったら致命傷は免れないわっ!!いや、あの高威力の殺戮武器を逆に利用すれば…鍵を奪わなくとも牢を壊すことができるかもしれないわ。しかし迂闊に飛びこめば回転刃の餌食になってしまいそうね。」
一撃必殺の武器を持つヘルズヒューマノイドに近づくのは危険だと感じたリリシアは、逃げながらこの不利な状況を打破する作戦を考えていた。その一方で、ヘルズヒューマノイドは狂気の表情で回転刃を振り回しながら、リリシアの方へと向かってくる。
「アーッヒャヒャヒャッ!!切リキザンデヤルゥッ!!
魔力と武器を奪われているリリシアにとって、この戦いは最悪の状況であった。
「くっ…近づこうにも近づけないっ!!魔法さえ使えればあんな奴…簡単に仕留められるのにっ!!確か鞄の中にティエラさんから貰った巨大な蜂の毒針があったはず…しかし急所に当てなければ一撃で倒すことは出来ないわ。私の推測では心臓に一番近い胸辺りに突き刺せば確実に仕留められるかもしれないが、確実にヒットさせるには無理がありそうね。」
リリシアは鞄の中からデッドリーワスプの毒針を取り出し、ヘルズヒューマノイドの心臓に狙いを定める。
「一か八か…近接攻撃がダメならこの毒針を投げて奴の胸に当てるしかないっ!!」
意を決したリリシアは腕に力を込め、デッドリーワスプの毒針をヘルズヒューマノイドの胸めがけて投擲する。リリシアの手を離れた毒針はヘルズヒューマノイドの胸に突き刺さったが、まだ倒れる気配はなかった。
「確かに針は奴の胸に当たったはず…という事は奴の急所は別の場所にあるってことなのっ!!」
「小娘メ、今俺ノ胸ニ何カ投ゲヤガッタナ…コンナ物デ俺ヲ倒セルトデモ思……ッ!?」
その言葉の後、デッドリーワスプの毒針が刺さった箇所から腐り始めていく。体内に注ぎ込まれた腐食毒はヘルズヒューマノイドの体に浸透し、最終的には跡形も無くドロドロになってしまった。
「あら、運よく投げた針が奴の急所を直撃してたわ。魔力稼働型の回転刃も手に入ったし、そろそろ囚人の救出にとりかかるわよ!!」
ヘルズヒューマノイドが持っていた魔力稼働型の回転刃を手に入れたリリシアはファルスが囚われている牢の鍵を破壊し、すぐさま救出に向かう。
「まさかこの俺がフェルスティア七大魔王に助けられるとはな…さて、とりあえず奪われた俺の所持品を取りに行くので、しばらく援護を頼む。」
「わかったわ。他の囚人たちも今探索を終えて帰ってきたから、一緒に行動しましょう。」
ファルスを救出したリリシア達は、地下牢獄の探索を終えて戻ってきた囚人たちに引き続き収容所内の探索をするようにと命じる。
「独居房に入れられていた囚人を一人救出したわ。みんな、引き続き収容所内の探索に行くわよ。もしかしたら魔物と戦うための武器が手に入るかもしれないからね。」
「その娘さんの言うとおり、収容所の中にはいろいろと使えそうな物がありそうだから、調べる価値はありそうだな。よし、探索を続けるぞ!!」
地下牢獄の探索を終えたリリシアと囚人たちは、使えそうな武器や道具を探すべく収容所内の探索に取り掛かるのであった……。
一方収容所の外で二頭のヒュプナーと交戦中のティエラとウルは、残り一頭のヒュプナーをあと一歩の所まで追い詰めていた。
「私たちの攻撃が効いてきたのか奴が足を引きずり始めたようだ…あと少しで倒せそうだ!!」
ティエラ達の猛攻を受けて瀕死のヒュプナーは、触角から高出力の電撃を放ち反撃する。しかし弱っているせいか電撃の勢いは弱まり、容易く二人に回避されてしまう。
「これで…終わりにしてくれるっ!!旋風斬ッ!!」
ティエラは剣を構えたまま大きく一回転し、ヒュプナーの腹部に横一線の斬撃を食らわせる。その強烈な一撃を受けたヒュプナーはその場に地面に倒れ、絶命する。
「討伐完了…ウル、奴らに洗脳された囚人たちの様子はどうだ?」
「囚人たちは洗脳から解放されて正気を取り戻したのか、少し戸惑っている様子です。」
ヒュプナーが倒されたことで囚人たちの洗脳が解け、第二収容所の囚人たちは正気を取り戻したようだ。
「あれ…私は一体何をしていたんだろう?」
囚人たちの洗脳が解けたと同時に、囚人たちとリリシアが収容所の探索を終えてティエラのもとに戻ってくる。
「収容所の独居房にて洗脳されていない囚人を一人保護しました!!」
「そ、そのお方はレミアポリスの光迅将軍ファルスではないか!!かつて4人の仲間とともに闇の勢力からフェルスティアを救ったと言われている有名なお方だ。しかしなぜこの収容所にいるのだ…詳しく事情を聞かせてもらおうか。」
ティエラの言葉の後、ファルスは自分が収容所に入れられるまでの経緯を話し始める。
「事情を聞かせろというなら、私が収容所に入れられるまでの全てを話そう…俺は中央大陸の異変を調べ終えて王宮に戻ろうとした時、新生神ニルヴィニアという者が現れた。奴は地上界を滅ぼし、新たな世界を作ろうと目論む悪しき者だ。俺は兵士たちとともにニルヴィニアと戦ったが、その圧倒的な力の前に敗れ、気が付いたら俺は人型の魔物に連れられてこの収容所に入れられたのだ。しかしそこで待っていたのはニルヴィニアの楽園を作るための厳しい労働で、まるで奴隷のような日々だった。ゴミのように虐げられている人を見かねた俺は見張り役に逆らい、独居房に入れられたというわけだ。ところで、あなたたちも収容所から脱獄してきたのか?」
ファルスがこれまでの経緯を話し終えると、ティエラは頷きながら答える。
「その通りだ。私たちは第一収容所から脱獄してここに来た。とにかく今は収容所に収容されている囚人たちを解放し、戦力を大きくするのが先決といえよう。残すは第三収容所だ…今すぐにでも目的地へと出発するぞ!!」
光迅将軍の二つ名を持つファルスと第二収容所の囚人を加えた一行は、最後の収容所である第三収容所へと向かうのであった……。
ニルヴィニアの支配下となったレミアポリス王宮に座すニルヴィニアのもとに、大老メルヴィスが大慌ての表情で現れ、二体の洗脳獣ヒュプナーが倒されたという事を伝える。
「メルヴィスよ…いつもより大慌ての表情だが何があった!!」
「ニルヴィニア様…ヒュプナーが何者かによって倒された模様です。どうやら第一収容所の奴らを洗脳するためにヘルズヒューマノイドが第二収容所に呼び寄せたのですが…逆に倒された模様です。」
メルヴィスの報せを聞き、ニルヴィニアは次なる計画を話し始める。
「そうか…第一収容所の奴らの犯行か。洗脳獣ヒュプナーが倒された以上、妾も次の手を打たなけばならん状況になってしまったようだ。そこでだ…妾の計画を邪魔する奴らを早急に消すべく、強力な魔物を第三収容所付近に放つ計画を考えている。報告御苦労であった…メルヴィスよ、もう下がってよいぞ。」
その言葉の後、メルヴィスはそそくさと玉座の間を後にする。メルヴィスが玉座の間を後にした後、ニルヴィニアは早速魔物を生み出す準備に取り掛かる。
「クックック…今に見ておれ、第一収容所の奴らよ。次こそ貴様らを消してくれようぞ……っ!!」
ニルヴィニアは光輪に創造の魔力を注ぎ込み、魔物を生み出す術の詠唱を始める。
「汝創造の魔力をもって…今ここに新たな生命を生み出さんっ!!」
詠唱を終えた瞬間、黒い煙とともに凶暴な魔物が次々と召喚される。
「創造の魔力を著しく消費してしまったが、これだけの魔物を産み出せば確実に奴らを一網打尽にできそうだ。貴様らに命令を与える!!脱獄した第一収容所の奴らを一人残らず殺してくるのだ!!脱獄した奴らは囚人を解放するため第三収容所を目指している…その付近に向かうがいい!!」
ニルヴィニアから第一収容所の囚人たちを一人残らず殺すようにと命じられた魔物たちは、咆哮を上げながら玉座の間を後にするのであった……。