終章第五話 束ねられし糸は魔を運ぶ者を貫く
ボルディアポリスで一晩を過ごしたセルフィたちは、中央大陸へと向かうための船を買うべくアドリアシティへと向かうため、広大な砂漠の中を進んでいた。その道中、突如セルフィたちの前に巨大なミミズ型の魔物であるキングミルワームが襲いかかってきたが、セルフィたちは息のあった連携攻撃でそれを退け、広大な砂漠を抜けてアドリアシティへとたどり着いた。
砂漠を抜けてアドリアシティに到着した一行であったが、ボルディアポリスに魔物が襲撃した事件の影響なのか街にはいつものような活気はなかった。セルフィたちは船を買うべく港にある造船場を訪ねようとしたその時、彼らの前に全身を包帯に覆われた男が現れた。包帯の男はニルヴィニアの腹心の一人であるキャリアーと名乗ったあと、魔物が入った筒を投げてソーサリーバグとホイールキャタピラーを召喚し、セルフィたちに襲いかかってきた……。
苦戦の末ホイールキャタピラーに勝利したレナードはソーサリーバグと戦うミシュリアを援護するべく、傷ついた体を押さえながらミシュリアのほうへと向かっていく。
「ミシュリア…助太刀に来たぞ!!」
レナードが援護に駆けつけたときには、ソーサリーバグはミシュリアによって倒されていた。
「助太刀に駆けつけたのはいいが…すでに敵は倒されていたようだ。これで包帯の男が召喚した魔物は全て撃破したようだな。」
戦いを終えて戻ってきたレナードの気配に気づき、物陰に隠れていたミシュリアはレナードのほうへと向かっていく。
「レナード、無事でよかった!!」
キャリアーの放った魔物との戦いを終えた二人は、手を取り合って無事を喜ぶ。
「こっちも無事でよかった…しかし私も大きなダメージを負ってしまった。ミシュリア、私の傷を回復してくれないか。」
「すみません、あの魔物との戦いで魔力を消耗してしまったので回復呪文を唱えられるほどの魔力は残っていないわ。とりあえず私はここで休んでいるわ。」
ミシュリアの言葉の後、レナードはニルヴィニアの腹心の一人のキャリアーと戦うセルフィの援護へと向かっていく。
「わかった…まだ戦える私だけでもセルフィの援護に向かおう。あの包帯男の体から凄まじいほどの邪悪なオーラが感じられた。セルフィ一人では荷が重すぎるかもしれないからな。」
「私は魔力が回復次第、セルフィの援護に向かいます…お力になれなくて申し訳ございません。レナードさん、どうかご無事で。」
ミシュリアに見送られ、レナードはキャリアーと戦うセルフィの援護へと向かっていくのであった……。
一方港町の郊外では、セルフィとキャリアーが激しい戦いを繰り広げていた。
「クックック…我が身を覆う包帯よ、鞭となって小娘に痛みを与えろっ!!」
体に巻かれた包帯を自由自在に操るキャリアーに、セルフィは苦戦を強いられていた。
「奴の放つ包帯のせいで近寄ることができない…もしうかつに攻撃を繰り出せば奴の包帯の餌食になってしまいそうね。だが…ここで怖気づいていては勝機は見えないわっ!!」
セルフィは雷帝の爪を身につけ、キャリアーの体から鞭のように放たれる包帯を切り裂きながらキャリアーの懐へと向かっていく。
「私の包帯を切り裂いて懐に入ろうと言うのか…だが、無駄なことだ。私の包帯は切り裂かれても再び動き、私のもとに帰ってくるのだ!!」
キャリアーがそう告げた後、切り裂かれた包帯がひとりでに動きキャリアーのもとへと戻っていく。
「私が切り裂いた包帯が…包帯男のほうへと戻っていく!!」
「クックック…甘いな小娘よ!!バンテージ・バインド!!」
キャリアーの包帯が、懐に入ろうとするセルフィの体を拘束し身動きを奪う。包帯によって身動きを奪われたセルフィは、そのままキャリアーのほうへと引き寄せられていく。
「うぐぐ…放せ…放せぇっ!!」
セルフィは包帯を引きちぎり脱出を試みようとするが、対象を縛りつけると同時に硬質化しており引きちぎることは不可能であった。
「無駄だ…私の体を覆う包帯は私の体の一部でもあるから引きちぎろうとしても無駄だ。冥土の土産に教えてやろう。この地上界はニルヴィニア様の手によって滅ぼされるべきなのだよっ!!」
セルフィを包帯で拘束した後、キャリアー鋭く尖った肋骨を剥き出しにしてセルフィを串刺しにしようとする。しかし間一髪のところでレナードが現れ、見えない糸で包帯を切り裂きセルフィを救出する。
「遅くなってすまないセルフィ!!包帯野郎が放った魔物は倒した…私はまだ戦える状態だが、ミシュリアは魔物との戦いで疲弊しきっているから、少し休んでから援護に来るって言っていたよ。」
「ほう…貴様に私の放ったソーサリーバグとホイールキャタピラーを倒せるほどの実力を持つ仲間を持っていたとは驚いた。それほどの強さを持つ者がいれば後々ニルヴィニア様の素晴らしき計画の邪魔になる存在となり得る前に、私が直々に葬ってやろう!!」
キャリアーは包帯を硬質化させ、あらゆるものを両断する大きな断刀を作りだす。
「行くわよレナード、奴にひと泡吹かせてやるわよっ!!」
「セルフィ、連携攻撃で美しく撃破するぞ。」
二人が身構えるよりも早く、キャリアーは大きな断刀を構えてセルフィ達に襲いかかる。レナードとセルフィはキャリアーの断刀の一振りを回避し、すぐさま攻撃の構えに入る。
「私の断刀の一振りをかわすとはなかなかのものだな。だが、あまり私を舐めないでいただこうかっ!!テンタクル・バンテージっ!!」
キャリアーは体を覆う包帯を触手のように伸ばし、セルフィたちに襲いかかる。
「あの包帯男は体を覆う包帯を自由自在に操る能力を持っているわ!!レナード、この場は私が奴の懐に入り攻撃を仕掛けるから、あの包帯をどうにかして頂戴っ!!」
「お安いご用さ…私の糸術であの不気味に蠢く包帯を美しく切り刻めばいいんだな。セルフィ、奴に必殺の拳の一撃をぶちかましてくれ!!」
セルフィが爪を構えてキャリアーの懐に向かっていく中、レナードは見えない糸を束ねてセルフィの援護に入る。
「束ねられし糸よ…刃となって全てを切り裂かんっ!!糸刃(スレッド・カッター)っ!!」
束ねられた見えない糸が鋭い刃となって、キャリアーの操る包帯を切り裂いていく。セルフィはその隙にキャリアーの懐に入り、拳の一撃をキャリアーの胸部に正拳突きを食らわせる。
「これでも…喰らってなさいっ!!」
セルフィの渾身の正拳突きをまともに食らったキャリアーは、大きく吹き飛ばされ態勢を崩す。
「うぐぐ…小娘のくせになかなかやるではないか。だがこれで勝ったと思うなよっ!!人間という下等生物にここまで舐められた以上、貴様ら二人ともこの手で皆殺しにしないと怒りが収まらんっ!!」
怒りに震えるキャリアーは断刀を構え、血走った目でセルフィを睨みつけながら襲いかかる。
「包帯野郎のの体から放たれる禍々しいオーラが、怒りによってさらに増幅されているっ!!セルフィ、ここからが正念場だ…決して油断はするなよっ!!」
怒り狂うキャリアーを前に、レナードは見えない糸を束ねてキャリアーの動きを止めようとする。しかしレナードが放った糸は包帯に阻まれ、動きを止めることができなかった。
「こんな小細工でこの私の動きを止められるとでも思ったのか小僧ぉっ!!」
「ちっ…私の糸術でも拘束できないか!!だが私はこんなところで絶対に負けるわけにはいかない。土壇場で自らを奮い立たせ逆転勝利を勝ち取る…それが美しい戦いだっ!!」
レナードは見えない糸を巧みに操り、鋭い螺旋状の槍を作りだしてキャリアーに立ち向かう。
「貫糸では奴の体にダメージは与えられん…糸の棘を無数の糸で強度を上げて槍に変え、あいつを貫くっ!!貫糸槍(スレッド・スピア)」
無数の糸によって生み出された槍が螺旋を描きながら回転し、キャリアーの包帯を貫きながら突き進んでいく。キャリアーは自らの体を覆う包帯を何層にも束ね、レナードの糸で出来た槍を防ごうとする。
「き…貴様ぁっ!!人間の分際でこれほどの力で私に立ち向かってくるとは実に腹立たしいっ!!今すぐにでも首を刎ね飛ばして真っ二つにして殺してやりたい気分だあぁぁっ!!」
「我々がどんなに苦しい状況でも諦めずに闘う…それだけの理由さっ!!お前はあまりにも外見的にも衛生的…そして身も心も魂も血塗られ腐りきっている。だからこそこの私が美しく葬ってくれよう!!」
レナードの放った螺旋状の槍は包帯の壁を貫き、一直線にキャリアーの体を貫く。
「ぐ…ぐはぁっ!!こ、この私が貴様らのような下等生物にここまで追い詰められるとはぁっ!!このままではまずい…ひとまず黄金郷に撤退しニルヴィニア様に伝えなければっ!!」
無数の糸で作られた槍に貫かれ絶大なダメージを受けたキャリアーは懐から移動用の魔物が封じられている筒を取り出し、黄金郷へと戻ろうとする。
「まずいぞ…いまここで取り逃がせば奴はまた地上界に魔物を放つつもりだ!!セルフィ、奴は私の攻撃を受けて体力を消耗している。このまま一気に追撃を加えるんだっ!!」
足を引きずりながらその場から逃げ去ろうとするキャリアーを、セルフィは波動弾の連発で追撃する。キャリアーは包帯を伸ばしてセルフィの放った波動弾を防ぐも、数に押され足に命中する。
「うぐぐ…あの小僧の一撃さえ受けなければ負ける要素はゼロだった!!一体貴様らのどこにこんな力があるというのだああぁっ!!」
「私たちには仲間がいるからよ。仲間がいればどんなに厳しい状況だって力を合わせることで乗り越えられる!!絆を築けぬ魔物を引き連れている貴方には決してわかるまいっ!!烈火剛拳っ!!」
セルフィは全身に力を溜めた後、態勢を崩し動けないキャリアーに炎の拳の連打を放つ。セルフィの両腕から繰り出されるい激しい打撃のラッシュをまともに受けたキャリアーは炎に包まれながらのたうちまわる。
「ニルヴィニア様の腹心であるこのキャリアー…人間どもに敗れるとは無念極る!!ニルヴィニア様……万歳…ぐふっ!!」
キャリアーの最後の言葉を発した後、炎に包まれながら息絶える。セルフィが止めを刺してから数分後、キャリアーの体を覆っていた包帯が燃え尽きたが、その中には何も入っていなかった。
「包帯の中に人がいると思ったが…何も入っていないとは驚いた!!まさか、実はあの包帯が奴の本体だったのかもしれないな。とりあえず、奴が持っていたこの不気味な筒は回収しておこう。」
キャリアーが持っていた筒からは、なにか不気味な気配が漂っていた。
「その筒の中には魔物が入っているみたいね。あとで何が入っているか見てみようかな?」
「そ…それはやめておいたほうがいい。狂暴な魔物が入っているかも知れないんだぞ。ま、筒の中を見たいっていうなら自己責任で開けてくれよな。戦いも終わったことだし、そろそろ船を買いに行くとしようか。」
戦いを終えてから数分後、回復を終えたミシュリアが遅れて戦いの場に到着する。
「はぁはぁ…遅くなってすみません。あれ…もうあの包帯の男はもう倒してしまったんですね。」
「あいつなら私とセルフィで美しく撃破したよ。ところで、あの包帯野郎がこんなものを持っていたんだけど、すこし調べてくれないかな?」
レナードは先ほど手に入れた筒をミシュリアに見せた瞬間、ミシュリアは筒から放たれるおぞましい何かの気配を感じたのか、恐怖のあまり唖然となる。
「こ…この筒はどうやらこの地上界の物ではないみたいね。筒の中からは禍々しいオーラが感じるわ…私が見る限りとても危険な物なので取り扱いには十分注意したほうがよさそうね…もし何かのはずみで筒が開いてしまったら大変なことになるかもしれないからね。」
ミシュリアは魔物が入っているとされる不気味な筒をレナードに返した後、レナードは魔力を封印する特殊な糸を筒にくくりつけてから鞄の中に入れる。
「確かにミシュリアの言うとおり、何かの拍子で筒の蓋が開いてしまえば大惨事になりかねない。これは私が厳重に保管しておこう。さて…造船場へと向かおう。」
ニルヴィニアの腹心のキャリアーを撃破したセルフィは、中央大陸へと向かうための船を買うべく造船場へと向かうのであった……。