終章第四十二話 合流せし仲間たち
リリシアとレナードが猛吹雪のせいで小屋の中で立ち往生するなか、ブレアとカレニアは二人の魔力を合わせて炎の結界を作り出し、猛吹雪の中を進んでいた。結界のおかげで寒さを感じることなく距離を縮めるも、目的地である旧ウォルティア城まであと一歩のところで二人の魔力が底を尽き、結界が壊れてしまった。身も凍り付くような猛烈な寒さが襲いかかり、動くことができずに蹲る中、偶然通りかかった老婆に窮地を救われ、城下町の離れにある村へと向かうのであった……。
仲間たちが旧ウォルティア城を目指す中、ニルヴィニアが創り出した浮遊大陸はかなりの発展を遂げていた。リリシア他数名の奴隷たちの活躍によって地上界から拉致した奴隷たちを全て逃がされたが、その後新たに労働力として生み出されたヘルズヒューマノイドたちによって理想郷の建設が着々と進んでいた。
「あの小娘らのせいで奴隷という労働力を失ったが、妾には創造神クリュメヌス・アルセリオスから奪った創造の力で、労働力となる人型の魔物などいくらでも生み出せるからな。」
ニルヴィニアの本拠地と化したレミアポリス王宮の王座の間では、ニルヴィニアは玉座に腰かけながら優雅な時を過ごしていた。そんな中、ニルヴィニアの配下の一人が彼女のもとに現れ、地上界での侵略活動の報告を行う。
「フフフ…ニルヴィニア様、近況報告をいたします。我々地上界攻略隊は地上界の豪商の一人の洗脳に成功した。彼には私の持つ洗脳術も教えておいたので、人間を洗脳して我々の部下に加えればかなりの戦力になるのは間違いなしだ。私は大勢のヘルズヒューマノイドたちと共に北の大陸にある捨てられた城を根城とし、地上界を征服するための活動を行っている途中だ。」
「さすがは心蝕のヒュ―ピーだな、相手の心を自分の思うままに操作する洗脳術を得意とするおぬしならやってくれると思っていたぞ。ヒューピーよ、これからも地上界侵略の為に働いてくれたまえ。」
洗脳術を得意とするニルヴィニアの配下の一人であるヒューピーに感謝の言葉を述べたあと、彼女は小さな玉をヒューピーに手渡す。
「これは少しばかりの褒美だ。受け取っておくがいい。この小さな玉にはわずかだが神の魔力が封入されておる。この玉を使えば一週間不眠不休で修行したのと同じぐらいの経験が得られるものだ。神に近い存在となった妾にはこの程度の物を生み出すのはたやすいことだ。試しに生み出したばかりのヘルズヒューマノイドに与えたところ、一瞬にしてガデスノイドに進化するほどだった。」
ヒューピーに手渡した小さな玉の正体は、ニルヴィニアの持つ神の力を封入したものであった。
「厳しい修行をせずとも経験が得られる便利な玉……か。これはいいものだな。有難く受け取っておくよニルヴィニア様。では私は再び地上界に戻り、地上界侵略の為の作戦を続行するとしよう。」
「ヒューピーよ、これからも地上界制圧の為に邁進してくれたまえ!!妾が直々に地上界に出向けば神の力で全世界を滅ぼしてやれるのだが、まだやることが山積みなのでここから動けないのだ。」
ニルヴィニアの言葉の後、ヒューピーは再びウォルティア領北の捨てられた城へと戻るのであった……。
ウォルティア領北全域を襲った吹雪はおさまったが、すでに日は落ちて夜になってしまっていた。猛吹雪のせいで小屋の中で足止めを食らっていたリリシアとレナードは暖炉の火を消し、すぐさま出発の準備を進めていた。
「やっと吹雪がおさまったみたいだが、もう夜になってしまったな…。」
「これで先に進めるわね。かなり遅れをとってしまったが、急いで目的地まで進みましょう!!」
今までの遅れを取り戻すべく、小屋の中で手に入れた地図を頼りに雪原の中を突き進んでいく。道なりに進んだ先には、舗装された道が二人の目の前に現れる。
「ここから先の道は舗装されている…どうやらここから旧ウォルティア領のようだな。あと少しすれば目的地である旧ウォルティア城に到着だ。」
リリシアとレナードは夜の雪原を歩き続け、ついに旧ウォルティア領に差し掛かろうとしたその時、二人の目の前に一匹の白い狼の姿が目に映る。白い狼はこちらの気配に気づいたのか、殺気立った目で二人をにらみつける。
「私たちを噛み殺そうって顔でにらんでいるわね!!だったら私の力を思い知らせてやるわよ。」
リリシアが両手に魔力を込めて臨戦態勢に入ろうとしたその時、レナードが止めに入る。
「待て…そいつに手を出すと厄介な事になるぞ!!魔物図鑑で見たことがあるが、夜の雪原に現れる白き狼はものすごく凶暴で、その鋭い牙は鉄をも切り裂き、口から吐き出す息はあらゆるものを凍らせると恐れられている魔物だ。戦うのはまずい…どこかに隠れてやり過ごすんだ。」
レナードはリリシアを説得した後、急いで物陰に隠れて白い狼をやり過ごす。二人が物陰に隠れること数分後、白い狼は銀色の体毛をなびかせながら夜の闇へと消えていった。
「なんとかあの白い狼をやり過ごせたようだな。まずは街道を進んで城下町を目指そう…まだ城下町に人がいるなら泊めてくれる可能性があるかもしれないからね。」
「そもそも、こんな極寒の地に人なんて住んでるわけが……!?」
リリシアが夜の暗闇に目をやると、たき火のようなほんのりと赤い光が目に映る。
「今遠くで赤い光が見えたわ。どうやらこの近くに村があるかもしれないわ!!」
二人が赤い光の見える方角に進むと、小さな村らしき場所にたどり着いた。村の中央には大きなたき火があり、人が住んでいる気配をみせていた。
「こんなところに村があったとは…極寒の地と化した今でも人はいるんだな。とりあえずこの村の宿屋で一晩を過ごし、朝になってから目的地に進もう。」
二人が夜を明かすため宿屋へと向かおうとしたその時、たき火で暖をとっていた一人の老婆が二人の元へと近づいてくる。
「おや、こんな辺鄙な村に人が来るなんて珍しいねぇ…。少し前に旧ウォルティア城下町に続く街道で二人の旅人が吹雪の中で倒れそうなところを助けてあげたばかりなのにねぇ。」
突如現れた老婆の言葉に、リリシアは何かに気づいた様子でレナードに詰め寄る。
「あのお婆さんが言っていた二人の旅人ってまさか…ブレアとカレニアのことかしら!?」
「可能性は高い…先に向かった二人はあの猛吹雪の中を進んでいたが途中で力尽き、あのお婆さんに助けてもらったのかもしれない。すまないがそこのお婆さん、私たちを家に案内してもらえるかい?」
レナードの言葉の後、老婆は二人を家へと案内する。
「ここが私の家だよ。先ほど助けた人たちはこの部屋の中で休んどるよ。」
リリシアが恐る恐る部屋の扉を開けると、そこには休息をとるブレアとカレニアの姿がそこにあった。
「リリシア、それにレナードさん!!二人とも無事だったのね!!」
「僕たちも道中でいろいろな目にあったが、これで全員そろったようだね。」
先に向かったブレアとカレニアと合流したリリシアとレナードは、それぞれ自分たちの身に起こった出来事を話し合い、情報を共有しあう。仲間たちが再会を喜び合う中、カレニアは何やら不安げな表情を浮かべていた。
「少し元気がなさそうだけど、何かあったの?」
そんな彼女を気遣うリリシアの問いかけに、カレニアは自分の愛用している赤い眼鏡を雪原に落としてしまったことを告げる。
「実は…あの吹雪の中を進んでいる最中に眼鏡を落としてしまったの。あの眼鏡は私のお母様がくれた大切な物だけど、もう夜になってしまったから見つからないわ……っ。」
レンズ越しではないその眼からは、大粒の涙が溢れていた。
「あなたがいつも掛けている眼鏡はお母さんから貰った大切な物だったのね。今から私が探してきてあげるわ。」
「あっ!!僕もついていきます。来た道を戻れば見つかる可能性が高いからね。レナードさんはここにいてお姉ちゃんを守ってあげて!!」
レナードとカレニアを老婆の家に残し、ブレアとリリシアは村から少し離れた街道へと向かい、さっそくなくした眼鏡を探し始める。
「たしかこのあたりで僕とお姉ちゃんが寒さで動けなくなって倒れそうになったところを助けてもらったんだ。このあたりを探せばきっと見つかるはずだ。」
「あなたがカレニアと一緒にここに来た時は猛吹雪だったわよね。このあたりで落としたとなると雪に埋もれている可能性が高いわ。降り積もった雪をかき分けて探すのも面倒だから、私の赤き炎の力で溶かしてやるわ!!」
ブレアが雪をかき分けながら探す中、リリシアは赤き炎の魔力を解き放ち、周囲一帯の雪を溶かしていく。魔姫の体から放たれる膨大な炎の魔力により降り積もった雪が溶け、その中からうっすらと赤い光を放つ物体が現れる。
「見つけた…これは紛れもなくカレニアがいつも肌身離さず掛けていた眼鏡だわ。しかしこの眼鏡には何か特殊能力とかあるのかしら?どう見ても伊達眼鏡って感じがするわ。」
リリシアがカレニアの眼鏡を見定めていると、自信満々な表情でブレアがその眼鏡に隠された秘密を話し始める。
「ふふん、お姉ちゃんの母親でもあり元紅蓮騎士団長であるティエラさんが普通の眼鏡をお姉ちゃんに託すと思うかい?その眼鏡には魔力を宿したレンズが入っているのさ。試しにかけてみればわかるよ。」
リリシアがカレニアの眼鏡をかけてブレアのほうを振り向くと、彼の体からは赤いオーラのようなものが浮かび上がっていた。
「これはすごいわ!!人間の持つ魔力の波長がオーラになって見えているわ!!」
「これが魔力レンズの力さ。この魔力レンズには持ち主の属性と魔力がオーラとなって可視化できる優れものなのさ。さぁ、眼鏡も見つけたことだしそろそろ村に戻ろう…お姉ちゃんとレナードさんが首を長くして待っているからね。」
雪原に落としたカレニアの眼鏡を見つけた二人は、急いで仲間たちの待つ村へと戻るのであった……。