終章第三十九話 氷の刺客現る!!
牢獄を抜け出したセルフィは旧ウォルティア城を抜け出すべく外へと通じる門の前まで進むも、不幸にもロレンツォによって張り巡らされた糸に絡めとられてしまった。ロレンツォはセルフィをミシュリアの目につかぬ所へと連れ込んだ後、魔術に長けた人間の持つ魔力を吸い出し結晶として取り出すことができる魔導吸引機によって体の中に眠る女帝の力を全て奪われ、その力を手にしたロレンツォは人間とはかけ離れた異形の存在と変わり果てたのであった……。
雪の女王の配下である冬将軍を退けたリリシアとレナードは一刻も早くカレニアたちと合流するべく、雪原の中を進んでいた。
「さて、ここから先がウォルティア領北だ。ただひとつ注意しておく点があるから話しておこう…フェルスティアの世界地図でもこのウォルティア領北は白紙の状態だ。地図を作るために各地から派遣された測量士が何人も遭難して命を落としているので、誰も行きたがらないからだ。」
「まさに未開の地ってわけね。だが私たちはここで死ぬわけにはいかないわ…ロレンツォを倒して、セルフィとミシュリアを救う大役があるんだからね!!」
見渡す限り白銀の世界が広がる雪原を進む二人ははぐれてしまわないよう、手をつなぎながら先を進んでいく。降り積もった雪をかき分けながら前へと進んでいると、二人の目の前に野生の狼らしき影が映る。
「目の前に狼の群れがいるぞ…見つかると厄介なのでしばらく身を隠してやり過ごそう。」
狼の気配を察知したレナードはリリシアを連れ、物陰へと身を隠す。気づかれていないのか、狼はその場から去り、銀世界へと消えていった。
「なんとかやり過ごせたようね…先を急ぎましょう。」
「だがまだ安心はできない…いつ魔物が飛び出してくるかわからないからな。ここは魔物にとって忌避効果のある聖水を使おうか…これを体に振りまいておけば数十分間の間は魔物が寄ってこなくなる。だが強大な力を持つ魔物には効力はないので気を付けるんだな。」
レナードは鞄の中から各地の教会で売られている魔除けの聖水の小瓶を取り出し、それを二人の体に振りかける。聖水がまかれた瞬間、二人の周りに微量だが魔物を寄せ付けない聖なる結界が張られる。
「教会で売ってた聖水で魔物が寄ってこなくなるですって……本当に大丈夫でしょうね。瓶に水を入れて祈っただけでこんな能力が発揮される訳がないわ。」
聖水の効力を疑いながらも、二人は降り積もった雪をかき分けながら先を進んでいく。しばらく先を進んでいると、先ほどの狼が獲物をくわえて現れた。
「むむ…先ほどの狼だな。どうやら獲物を見つけて巣に戻る途中のようだから、しばらくすればその場から去るだろう……っ!?」
レナードが先を進もうとしたその時、先ほどとは別の狼が飛びかかって来た。しかし聖水の効力によりはじき返され、狼は唸り声をあげながら後ずさりする。
「あぶないところだったな…聖水の効力がなければ噛まれていたところだったな。だがひとつ問題がある…奴らは獣の匂いすらしない。どうやら狼に似た魔物と言うわけか!!」
「よく見て…あいつらは氷でできているわ!!どうやら何者かが氷に命を吹き込んで生み出したのかもしれないわ…しかも数匹の群れに包囲されているわ、戦うしかなさそうね!!」
気が付けば、リリシアたちは氷でできた狼に包囲されてしまった。
「君の言う通り、どうやらこいつらは氷から生まれた生命体だ。魔除けの聖水の魔力をもってしても襲ってくるとは、こいつらは生命体ではないようだな!!私が前の奴らをやるから、君は後ろを任せたよ。」
レナードは素早く見えない糸を束ね、彼の周囲にいる氷の狼の動きを拘束する。一方リリシアは両手に闇の魔力を集め、術の詠唱を始める。
「混沌の力よ…すべてを飲み込む波動とならん!!」
詠唱を終えたリリシアは手のひらから闇の波動を放ち、氷の狼たちを打ち砕いていく。魔姫の術を受けて氷の狼は氷の破片となったが、砕け散った破片が寄り集まって元の姿へと戻っていく。
「そんな…砕けた氷の破片が寄り集まって再び元通りになるなんて!!」
「奴らは氷でできている…砕け散っても再び再生する能力を持っているならその根源となるコアとなる部分があるはずだ。今から私がそれを解明して見せよう!!」
レナードは元通りになったばかりの氷の狼に近づき、クレセントマチェーテを力いっぱい振り下ろし、狼の体を真っ二つに叩き割る。体内には血や内臓といった生命維持に必要な器官は無く、氷の結晶のようなものが光り輝いていた。
「見たまえ!!こいつがあの氷の狼のコアだ…こいつを体から取り除けば奴は一瞬にしてただの氷の塊だ。ただ表面上にダメージを与えているようではまた復活してしまう。内部に大きなダメージを与えてコアを破壊する方法でしか倒せないということだ!!」
「ありがとうレナード…後は私に任せてちょうだい!!私の赤き炎の魔力なら奴らを一網打尽にできそうよ!!」
氷の狼の再生能力の秘密を暴いたレナードがリリシアにそう伝えた後、リリシアは赤き炎の魔力を集めて精神を集中させ、術の詠唱に入る。
「我が身に眠る赤き炎の魔力よ、全てを焦がす爆炎とならん!!」
詠唱を終えたリリシアが魔力を解放したその時、すさまじいほどの爆発が巻き起こり氷の狼たちを粉々に砕き、コアとなる部分に再生不能なまでのダメージを与える。
「はぁはぁ…これで邪魔者を一網打尽にしてやったわよ!!さっきの戦いで大幅に魔力を使いすぎたわ…レナード、私の魔力が回復するまでの間、なるべく無駄な戦闘は避けたほうがいいわ。」
「無駄な魔力を使わせてしまってすまない…だが君のおかげであの氷でできた狼どもを全滅することができた。礼を言おう。」
先ほどの戦いで立て続けに強力な術を放ったため、リリシアの魔力が底を尽きかけていた。二人がその場から去った後、木の上に隠れて二人の戦闘の様子を見ていたスノースピリットはアイスガルムの残骸を拾い集め、自分の体に貼り付けはじめる。
「なんと…あのアイスガルム共を一瞬にして倒してしまうとは!?あの侵入者共の実力はただものではない…一刻も早く雪の女王様に報告せねば!!」
支援軍として投入されたアイスガルムたちをいとも容易く退けてしまったリリシアたちの強さに危機を感じたスノースピリットは、大急ぎで雪の女王の居城へと向かうのであった……。
リリシアたちがアイスガルムと戦いを繰り広げる中、カレニアたちもアイスガルムたちに苦戦を強いられていた。
「まったく、何匹いるのよ…奴の再生能力は難なく見破ったが、これだけの集団で来られちゃこっちの体が持たないわ!!ブレア、ここは二人で力を合わせるわよ!!」
「もちろんだ!!僕の魔力とお姉ちゃんの魔力を合わせれば、あの狼たちを一網打尽にできるかもしれないからね!!」
ブレアとカレニアは炎の魔力を高め、詠唱の態勢に入る。二人の周りには激しい炎のオーラがゆらめき、降り積もった雪が解けるほどであった。
「二人の炎の魔力をもって、全てを焼き尽くすを生み出さん!!二詠唱術式（デュアル・スペル）焦熱結界（フレア・フィールド）」
二人が詠唱を終えた後、周囲一帯を焼き尽くす炎の結界が発生し、アイスガルムの群れをコアもろとも蒸発する。
「ふぅ、やっとあの狼の群れをやっつけたけど魔力を大幅に消耗してしまったわ。」
「僕だって魔力を多く使っちゃったからね。しばらく休んで少しでも魔力を回復しないとね。」
戦いを終えた二人は魔力を大幅に消耗したせいか、しばらく物陰に隠れて休息をとるのであった。
先ほどの戦いから数分後、膨大な熱量エネルギーを感知したスノースピリットの大群が押し寄せ、現地の調査を行っていた。
「この場所だけ雪が溶けて地面が見えている。どうやら先ほど感じた熱量エネルギーの出所はここのようだが、しかし一体誰がこんなことを？」
「おそらく高度な術式を扱う人間だろう。雪の女王様が放ったアイスガルム達はコアもろとも溶けてしまっているようだ。ウォルティア領北に入り込んだ侵入者共の強さは侮れないということだな。奴らを野放しにしてはならない、早急に雪の女王様に報告せねば!!」
スノースピリットたちはしばらく辺りを巡回した後、一目散に雪の女王の居城へと戻っていく。
「しまった!!少々派手にやり過ぎちゃったわ。あの結晶の魔物が私たちの気配をかぎつけてきたわ!!だが私たちの気配には気づいていないみたいね。先ほどいた氷の結晶みたいな奴らは役所跡で見た奴と同じだったわ。」
「確かにあの時出くわした奴と同じだった…奴らの話では雪の女王に報告するとか言っていたようだね。だとすれば雪の女王とも戦わなければならないかもしれなくなりそうだ。」
二人は十分に魔力を回復させた後、再び旧ウォルティア城へと向けて歩き出すのであった……。