終章第三十七話 急襲の冬将軍!!
リリシアとレナードが大空洞の出口を目指す中、ウォルティア領北の雪原を進むブレアとカレニアは視界が奪われるほどの吹雪に見舞われ、天候が回復するまで立ち寄った建物の中で待つことにした。二人が立ち寄ったのは、かつてウォルティア領北の小さな町の役場として栄えていた場所であった。手がかりが得られるかもしれないと睨んだカレニアはブレアと共に探索を始めた結果、100年前のウォルティア領北の風景を写した写真や地図、そして町長が遺した日記帳を発見した。町長が書いた日記帳にはウォルティア領北に異変が起きる様子が書かれており、最後には雪の女王が目の前に現れるまでの出来事が書かれていた。思わぬところで重要な手掛かりを得ることができた二人は役場を後にし、再び目的地である旧ウォルティア城へと向けてを足取りを進めるのであった……。
一方大洞穴の中を進むリリシアとレナードはようやく出口に到着し、ウォルティア領北の大地を踏みしめる。
「ごたごた続きで遅れたが、私たちもウォルティア領北に上陸できたわ。」
「そうだな…だが喜ぶのはまだ早い。先に向かったあの娘さんたちと合流するためにも今は先に進まなければならないからな。」
ウォルティア領北への上陸を喜び合うのもつかの間、氷の歩兵たちを引き連れた氷の甲冑を身に纏った将軍が洞窟の外に待ち構えていた。
「むむっ…人間が洞窟から出て来たぞ!!まさか我が同胞の氷の警備隊たちを蹴散らしたのは貴様らだな…ならば許せぬ!!氷の歩兵共よ、こやつらを取り囲めぃ!!」
将軍の号令を受け、氷の歩兵たちは次々と槍を構えてリリシアたちを取り囲む。
「待て…大洞穴の中にいた氷の兵隊をやったのは私たちではない!!それよりお前は誰なんだ!!」
「私は雪の女王の戦闘部隊に所属している冬将軍と申す。我々は同胞である氷の警備隊たちが白き獣の襲撃に遭ったとの報告を受け、氷の歩兵たちを連れてこの大洞窟に来たのだ!!邪魔をする者は今ここで斬り捨ててくれようぞ!!歩兵どもよ、邪魔する者を始末しろぉ!!」
その言葉の後、槍を構えた歩兵たちは槍を突き出し、一斉にリリシアたちの方へと突進する。リリシアが歩兵たちを蹴散らすべく術を放つ態勢に入ろうとしたその時、レナードが前に出て戦闘態勢に入る。
「悪いが君は下がっていてくれ。こんな雑魚相手に強大な魔力を使ってしまうと後で苦しくなるからな…ここは私が奴らの相手をする!!」
「確かに私の魔力には限りがあるが…本当に危ない状況になった時は術を使わせてもらうわよ!!」
レナードが両手を広げた瞬間、氷の歩兵たちは次々とバランスを崩し転び始める。
「うぐぐ…動けん!!立ち上がろうとしても足が……!!」
「フフフ…まだ気づかないのか。私は魔力で見えない糸を操る能力を持っているのさ!!私が少し魔力を練り合わせて糸を絡ませれば、貴様らの動きなど簡単に止められるのだ!!」
レナードは見えない糸に絡まり動けない氷の歩兵たちに近づき、次々と硬質化した見えない糸の一刺しでとどめを刺していく。
「美しく!!華麗に!!一撃で敵を倒すことが美しい戦いなのだよ!!さて…あとはお前だけだ!!」
氷の歩兵たちを軽やかな動きで一掃したレナードは双剣を構え、冬将軍の方へと向かっていく。対する冬将軍は全てを凍てつかせる氷の魔力を宿す槍を構え、静かに精神統一を始める。
「な…なんと!!ものの一瞬で氷の歩兵たちを倒してしまうとは。だがここで敗北を喫してしまえば雪の女王様に申し訳が立たぬ!!なんとしてでもこの戦いに勝たねばならん!!」
双剣を構えたレナードが攻撃を仕掛けようとしたその時、精神統一を終えた冬将軍は槍を突き出し、怒涛の連続突きをお見舞いする。
「吹き荒れる吹雪の如き槍術で葬ってくれる!!氷結一閃っ!!」
「ここは防御しながら反撃のスキを……ぐあああっ!!」
レナードは咄嗟に剣を交差して防御するも、怒涛となって繰り出される冬将軍の槍術に競り負け、大きく吹き飛ばされてしまう。
「フハハハハッ!!歩兵どもを打ち倒したことはほめてやるが、貴様の力など所詮その程度のものだな!!」
「まったくあなたって人は!!あんなやられ方をされては美しさの欠片もないじゃない!!もう限界よ、ここは私が出させてもらうわよ!!」
レナードの無様な戦いに見かねたリリシアは両手に魔力を込め、レナードに代わって冬将軍の前に現れる。
「むむ…貴様のような小娘が私の相手をするというのか。たとえ女であろうが私は一切の容赦はしない…全力でお相手願おうぞ!!」
冬将軍は構えた槍を大きく振り回しながら、リリシアめがけて突進する。リリシアは軽やかな動きで冬将軍の突進をかわした後、手のひらから火球を放ち冬将軍にダメージを与えていく。
「あなたほどの魔物に上級の術を使うまでもないわ…低級呪文で葬って差し上げますわ!!」
リリシアが放った火球が当たった箇所は溶け、水となって冬将軍の体を伝ってこぼれ落ちていく。
「ぐぬぬ…弱点である炎の攻撃を何度も喰らえば氷でできた我が体が溶けてしまう!!しかし術者は人間…強い冷気の前には無力だということを教えてくれようぞ!!」
冬将軍は大きく息を吸い込んだ後、全身を振るわせて氷の息を吐き出す。しかしリリシアはすぐさま炎の防壁を創り出し、反撃の構えに出る。
「さすがに低級呪文だけでは仕留められなかったわね…今は魔力を温存させるため使いたくなかったが、ここで一気に葬るしかない!!」
リリシアは急いで魔力を練り合わせ、強力な術の詠唱に入る。氷の息を吐き終えた冬将軍は槍を天空に掲げ、勝鬨の声を上げる。
「フッフッフ…これほどの冷気を喰らえば人間など氷像と化す。雪の女王様の邪魔をする者は全て凍てつく死を与えるのみ!!」
「う…ウソだろ!!あの女がやられてしまうなんて……。」
レナードがリリシアの敗北を確信した瞬間、突如として冬将軍の体が爆裂四散する。降り積もった雪を吹き飛ばし赤茶けた地面が見えるほどの大きな爆発の後、爆炎の中からリリシアが現れる。
「何言ってるのよ…私がこれほどの冷気で倒されるわけがないじゃないの!!これで邪魔する敵はすべて倒したわ…急いで旧ウォルティア城へと向かうわよ!!」
戦いを終えたリリシアたちは離れ離れになったカレニアたちと合流するべく、急いで旧ウォルティア城へと向けて歩き出した。リリシアたちが去った後、氷でできた胴体を失い頭部だけ残った冬将軍は大空洞のほうへと逃げ込み、その場から去って行った。
リリシアたちとの戦いの後、頭部だけ残った冬将軍はぴょんぴょん飛び跳ねながら大空洞の中を進んでいた。
「歩兵と胴体は失ったが…頭さえ残っていれば何度でも新しい体を作ってもらえる!!私だけでも生き残りを探さなければっ…!!」
洞窟の中を飛び跳ねながら進むこと数分後、冬将軍は生き残った氷の警備隊を発見する。
「おぬしたち…無事であったか!!」
「ふ、冬将軍様!!なんて無惨なお姿に…まさかあなたも白い獣に!!」
リリシアたちとの交戦によって頭部だけになってしまった冬将軍の身を心配する生き残った氷の警備隊たちの声に、目に涙を浮かべながら氷の警備隊たちに訴える。
「私は白い獣にやられたのではない…そなたらを救出するため大空洞の中に突入しようとしたとき、二人組の男女が我々の前に現れたのだ。我々は雪の女王様の計画の邪魔をする奴らを排除するために全力で戦ったのだが、結果は惨敗であった。数多く従えた歩兵どもを皆殺しにしたあと、私の胴体を吹き飛ばしたのだ!!一刻も早く旧ウォルティア城に帰還し、雪の女王様にそのことを報告しなければ!!」
その言葉の後、氷の警備隊たちが冬将軍の頭部を抱え、いそいそと大空洞の出口へと向かっていく。
「冬将軍様、これよりスノースピリットを呼び旧ウォルティア城へと向かいます。」
氷の警備隊が氷の鈴を鳴らした瞬間、どこからともなく雪の女王の配下の魔物であるスノースピリットの群れが現れ、次々と連結し大きな雪の結晶の形となる。
「冬将軍様、あれに乗れば旧ウォルティア城に帰れますぞ!!」
「生存者よ、哀れなこの私にこのような心配りを…かたじけない!!救助するつもりが逆に命を助けられるとは思ってもいなかった。まさか雪の女王様の支配下であるウォルティア領北に人間が入り込むとは…どのような侵入経路を使ってここに入って来たかは知らんが、奴らは新たな脅威となりうる存在だ。」
生き残った氷の警備隊と冬将軍を乗せ、大きな雪の結晶と化したスノースピリットは雪の女王の居城である旧ウォルティア城へと向かうのであった……。
やっとの思いで旧ウォルティア城へと戻って来た氷の警備隊たちは冬将軍の頭部を抱えながら、雪の女王の待つ王妃の間へと入り、偵察完了の旨を報告する。
「ゆ…雪の女王様!!たった今偵察を終えて帰還しました!!偵察の結果を報告します…我々は大空洞にて偵察を行っていたところ、白い獣の襲撃に遭い、多くの警備隊たちが殺されました。」
「ふ…冬将軍よ!!一体何があったのだ…何があったか話してもらおう。」
冬将軍の変わり果てた姿を見た雪の女王が驚きの表情を浮かべる中、冬将軍は飛び跳ねながら雪の女王にこう訴えかける。
「ここから先は私が話そう。私は偵察中に白い獣の襲撃を受けて壊滅状態に陥った氷の警備隊たちの救助要請を受け、歩兵どもを連れて現場に向かったのだが、そこに二人組の人間が現れたのだ!!その者たちの特徴は長く伸びた蒼い髪の男と、もう一人は紫色の髪の娘だった。我々はその人間どもに立ち向かったのだが…力及ばず私は敗北を喫し、胴体を失ってしまったのだ。頭だけで大空洞の中を進み、生き残った氷の合流を果たし、何とか戻ってこれたのだ。」
彼女の支配下であるウォルティア領北に人間が入り込んだとの一報を受け、雪の女王は拳を握りしめて怒りに震える。
「に…人間どもが私の領域に入り込んだだと!!このウォルティア領北は私の支配下…それを土足で入り込む人間どもは何としてでも消さなければならん。これより大空洞付近に支援軍を投入し、あの人間どもを消す必要がある。報告ご苦労であった…下がってよいぞ。冬将軍よ、支援軍を投入した後でそなたの新しい体を作ってやろう。」
新しい体を作ってもらえると聞き、冬将軍は飛び跳ねながら感謝の意を述べる。
「雪の女王様…感謝いたしますぞ!!」
冬将軍の言葉の後、氷の警備隊たちと共に王妃の間を後にする。冬将軍たちが王妃の間を去った後、雪の女王は全身に氷の魔力を集め、召喚の態勢に入る。
「我が身に眠る凍てつく魔力よ…今ここに新たな生命を生み出さん!!」
雪の女王が強く念じた瞬間、周囲は極低温の冷気に包まれ、王妃の間が一瞬のうちに氷に閉ざされる。極低温の冷気によって発生した無数の氷像が狂暴な狼の形となり、命を持ったかのように動き始める。
「グルルルル…!!」
「ふふふ…うまくいったようだ。アイスガルムよ…我が支配下であるウォルティア領北に入り込んだ人間を抹殺するのだ。貴様の嗅覚なら人間を探すことなどたやすいことだろう。さぁ、行くのだ!!」
自分の領域に入り込み、配下を蹴散らした人間たちに脅威を感じた雪の女王によって生み出された凶暴な氷の魔獣であるアイスガルムが、ウォルティア領北に放たれた。噛み砕く氷の牙を持つ魔獣が、今まさに旧ウォルティア城へと向かう仲間たちに襲い掛かろうとしていた……。