終章第三十話 いざウォルティア城へ…
セルフィの仲間であるミシュリアがかつてのレナードの師でありフェルスティアでは名の知れた豪商でもあるロレンツォの手によって悪に堕ち、セルフィを人体実験の材料にするためにウォルティア領北の捨てられた城へと連れ去られた。仲間を失ったショックで絶望に打ちひしがれて泣き崩れるレナードに掛ける言葉も見つからないブレアがあたふたしている中、カレニアを抱えながら空を飛んでいたリリシアが急降下し、レディナハーバーへと降り立った。レナードの衣服に付着していた僅かなセルフィの魔力を感じとったリリシアはレナードに何があったのかを尋ねると、レナードの師であるロレンツォがニルヴィニア側につき、ミシュリアを洗脳術で悪に染めたあとでセルフィを叩きのめしてウォルティア領北にある捨てられた城に連れ去ったということを知らされる。一行はレナードから事情を聴くため、港町の宿へと向かうのであった……。
レディナハーバーの市場でウォルティア領北に行くために必要な物を買い揃えた後、二人は荷物を抱えて宿へと向かい、自分たちの宿泊する部屋へと戻ってきた。
「寒さを防げるコートと各種消耗品を買ってきたわ。これで極寒のウォルティア領北に向かう準備は整ったわ。明日ここを出発し、まずは情報収集のためにウォルティア城下町へと向かいましょう。」
カレニアは明日の朝にレディナハーバーを出発し、ウォルティア城下町へと向かうという旨を全員に伝えた後、リリシアはレナードの方へと向かい、ロレンツォに関する詳しい事情を聞き出そうとする。
「レナードとか言ったわね…あなたにひとつ聞きたいことがあるからちょっといいかしら?」
「ふむ…君はロレンツォ様がどういう奴かと聞きたいと言っていたな。君たちのおかげで私の心も落ち着いたし、今なら話せるから話しておこう。ロレンツォ様との出会いは私が少年の頃だ…私はボルディアポリスのスラム街生まれで、貧しい生活だった。少年だった私は家族を助けるために日々金になる物を集めては換金してお金を稼ぐ毎日を過ごしていたのさ。ある日、私がいつものように金を稼ぐためにスラム街を出て町に出ようとした時、彼が現れたのです。私の姿を見たロレンツォ様はボルディアポリスのスラム街の実情を知り、ボルディア王に交渉しスラム街の土地を全て買収した後、豪商たちのネットワークにより貧しいスラム街の人々たち全てに家まで提供してくれたのです。私はロレンツォ様の行動に感銘を受け、ロレンツォ様の弟子としてついていくことを決めたのです。」
レナードとロレンツォとの出会いの経緯を話した後、カレニアがレナードに質問を投げかける。
「なるほどね。貧しい家族を助けてくれた師匠のようになりたいからロレンツォ様の弟子になったというわけね。私からひとつ質問がするけど…豪商は金持ちだから普通の人にはできないことを平気でする方なの?」
豪商は普通の人にはできないことをする人なのかとの質問に、レナードは笑顔でこう答える。
「そりゃそうさ。豪商は特定の分野で大成功をおさめ、巨万の富を得た者の総称さ。類稀なる糸使いで裁縫王の二つ名を持つロレンツォ様の他に、建築王のゴードン、宝石と錬金の女帝レベッカ、武具職人王メルモンドが豪商の筆頭だと言えるな。今私たちがすべきことは極寒のウォルティア領北にある捨てられた城へと向かい、ミシュリアとロレンツォ様をニルヴィニアの洗脳の魔の手から取り戻すことと、石にされた君たちの仲間の救出といったところかな。みんな、私に力を貸してくれるな!!」
レナードが右手を差し出すと、仲間たちが次々とレナードの右手に掌を重ねていく。
「当然よ!!私の仲間のセルフィが奴らの人体実験の材料になる前に助けに行かなきゃいけないわ!!必ず私の仲間とレナードの大切な人を取り戻し、みんなで生きて帰りましょう!!」
「私も力を貸してあげるわ…大切な仲間を洗脳術で悪に堕とすとは非常に許しがたい行為だからね!!」
「あなた方の力になれないかもしれませんが、僕も一緒に戦います!!」
共に戦おうという仲間たちの言葉に、レナードの心は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう…君たちがいれば私の大切な仲間を取り戻せそうだ。しかしロレンツォ様は豪商でもありかなりの実力者だ。私たちが束になって挑んでも勝てる確率は低いだろう。おっと、ひとつ言い忘れていたがミシュリアとロレンツォ様は殺さずに捕縛してくれ。二人とも大切な人なんでな。」
豪商であり卓越した糸使いのロレンツォだが、元々備わっていた魔力の糸をつかった戦闘スキルはそのままに、ニルヴィニアの洗脳術で膨大な魔力が加わって人を超えた存在と化していた。リリシアたちが束になってロレンツォに挑んでも勝つ確率は低いだろうとレナードが呟く。
「何言ってるのよ…私たちは強大な敵を相手にした戦いを何度も経験しているのよ。最悪な話、ロレンツォの後ろに更に強い奴がいる可能性が濃厚よ。」
ロレンツォの後ろに更なる強敵がいると濃厚であるとにらんだリリシアの言葉の後、レナードは鞄の中からウォルティア大陸の全域地図を広げ、リリシアたちにそう伝える。
「うむ…言われてみればそうとも言えるな。確かにニルヴィニアが関係しているとなれば、私がフレイヤード大陸で戦ったあの怪物どもがいる可能性がある。その中でも戦闘能力と統率力が突出した奴がリーダーを務めていると思うんだ。一刻も早くウォルティア領北の捨てられた城に行かなければセルフィが人体実験の材料にされてしまうからな。先ほど地図を見たところ、ウォルティア城下町に行くための列車が走っているのはレディナ海浜地帯とオーセル緑野を抜けた先にあるミドナの町だな。」
「とりあえずミドナの町に行けば、ウォルティア城下町行の列車が走っているのね。この距離だと明日の朝にレディナハーバーを出発したとして、ほぼ1時間弱で到着できそうね。そろそろ夕食の時間だわ。」明日の予定を話し合った一行は夕食を食べ終わった後、明日に備えて眠りにつくのであった……。
リリシアたちが寝静まった後、捨てられた城に囚われの身となったセルフィは、洗脳術で悪に堕ちたミシュリアによって弄ばれていた。
「アハハハハッ!!今日はこの電撃鞭で遊んであげるわ!!この電撃鞭は先端に電気石が仕込まれていてね…打たれた瞬間に体の芯まで高圧の電流が流れて苦痛を与える拷問武器よ。」
ミシュリアが振るう電撃の鞭を身体に浴びせられ、セルフィは激痛のあまり叫び声をあげる。
「ぎゃあっ…ぎゃあああああぁぁっ!!!!」
痛みのあまり悲鳴をあげるセルフィを眺め、ミシュリアは恍惚の表情を浮かべていた。
「うふふ…その痛みに悶える姿、いつ見ても最高だわ!!痛みで気絶するなんて許さないわよ。私が満足するまでいたぶってあげるわ。あなたは人体実験の大切な材料だから、死なない程度にするだけだから安心しなさい♪」
ひとしきりセルフィに拷問を加えた後、ミシュリアは満足したのか牢獄を後にする。鞭の先端から放たれる電撃によって服がボロボロになり、全身には鞭の傷痕が残っていた。
「ミシュリア、どうして私を……っ!!」
もはや抗う気力すら奪われたセルフィは、絶望と痛みによって気を失ってしまった……。
翌朝、旅の支度を済ませてレディナハーバーの宿を後にした一行はウォルティア城下町に行くための列車の駅があるミドナの町を目指すべく、レディナ海浜地帯を進んでいた。
「ここから道なりに進めばオーセル緑野が見えてくるはずだ。この辺は凶暴な魔物や猛獣もいないのだが、緑野の先に広がる湿地帯には凶暴な魔物が潜んでいるので注意が必要だ。オーセル緑野は旅人が行き来しやすいように道が舗装されているので、舗装された道を進んでいけばミドナの町まで迷わずに到着できそうだ。」
一行はレディナ海浜地帯を抜け、オーセル緑野の中を進んでいた。これまで一度も魔物の襲撃もなく順調に進んでいたが、カレニアが見覚えのある足跡を見つけたことにより一行は不穏な空気が流れる。
「あれは魔物の足跡…ニルヴィニアの生み出した魔物の足のサイズと同じだわ!!」
「ま、まさかフレイヤードで戦った奴がウォルティアに上陸している可能性がありそうだな。こうなった以上油断はできない。奴の足跡をたどっていけばどこに行ったのかわかるはずだ。」
その魔物の足跡を辿って進んでいくと、ミドナの町にまでその足跡が続いていた。一行はミドナの町に入ったその時、今にも町の人たちに襲い掛かろうとしているヘルズヒューマノイドの姿がそこにあった。
「ケーケッケッケ…我々ノアジトニ帰還スル前ニ人間デモ食ベテオクカ。マズハソコノ小娘…ソノ爪デ貴様ノ身体ヲ切リ裂キ、ソノ血ト生キ胆を喰ラッテヤロウ!!」
ヘルズヒューマノイドの鋭い爪牙が少女に襲い掛かろうとした瞬間、レナードはヘルズヒューマノイドの首に魔力でできた糸を絡ませたあと、大きく飛び上がりヘルズヒューマノイドを締め上げる。放たれた不可視の魔力の糸はヘルズヒューマノイドの首に深く食い込み、そのまま骨ごと切断する。
「私の糸術にかかれば、獲物の命を殺め取ることなどたやすいことだ。常人には見えぬ魔力の糸は相手を束縛することはもちろん、真っ二つに引き裂くことも可能だよ。」
レナードが一匹目を仕留めた後、町の奥から巨漢型のヘルズヒューマノイドが彼のもとに現れる。一匹ではなく、ヘルズヒューマノイドたちの群れを引き連れていた。どうやら捨てられた城に帰還する前に腹ごしらえと食糧となる人間を拉致するためにミドナの町に訪れていたようだ。
「ッタク…今カラ帰還シヨウトシテイル所ニ強イ人間ガ来ヤガッタカ!!マァイイ…コイツラ全員ブッ殺シテアジトニ持チ帰レバ高級ナ食材ニナリソウダカラナ!!」
「ちっ…よりにもよって力と体力自慢の巨漢型が来たか!!全身が筋肉に覆われたあいつは私の糸術では大したダメージは与えられん。私にとっては一番苦手な相手だな。」
全身が筋肉に覆われている巨漢型のヘルズヒューマノイドに苦戦を強いられているレナードを見ていたリリシアたちは、それぞれ武器を手に加勢に向かう。
「仲間を呼ばれてしまったようね。数が多いので少々面倒だが、加勢するわよ!!私が見たところ、奴は外見上は普通のヘルズヒューマノイドとは変わらないが、体つきが通常種とは違い分厚い筋肉に覆われており、武器での攻撃では歯が立たさそうね。だが筋肉と言う名の強固な鎧を着こんでいても、術のダメージだけは軽減することができないわ。」
「なるほど…術で一気に攻めれば奴らを一網打尽にできるってわけね!!カレニア、ここは私が術で一気に攻めるから、術の詠唱が終わるまで援護をお願いするわ!!」
リリシアが術の詠唱を始める中、カレニアは剣を構えてヘルズヒューマノイドたちの方へと向かっていく。強敵に立ち向かっていく姉の勇姿を見ていたブレアも剣を構え、姉の後ろに続く。
「ぼ…僕だってレイオスさんたちと一緒に強敵と立ち向かってきたんだ!!少しでもお姉ちゃんの役に立てるよう、僕も一緒に戦います!!」
ミドナの町に潜伏していたヘルズヒューマノイドたちを駆逐するべく、リリシアたちとヘルズヒューマノイドたちによる壮絶な市街戦が幕を開けるのであった…。