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終章第二十九話 悪に堕ちた令嬢

 ウォルティアの海の玄関口と言われる大きな港町であるレディナハーバーへと到着したセルフィたちは、港に船を停泊させたあと市場で旅の準備をしていた。先に装備品の購入を済ませたレナードとブレアが待ち合わせ場所である噴水前でセルフィとミシュリアの帰りを待ったが、数時間経っても二人は待ち合わせ場所には来なかった。不審に思ったレナードは買い物に行った二人を探しに行こうとしたその時、市場で買い物を済ませたミシュリアが戻ってきたが、そこにセルフィの姿はなかった。セルフィはどこへ行ったと問いかけると、彼女はセルフィを痛めつけたのは自分であると語った後、突如次元の裂け目からレナードの師であり豪商の一人であるロレンツォであった。ロレンツォはニルヴィニアの洗脳術によって、彼女の野望に協力していたのだった……。

 

 ニルヴィニアの洗脳術によって悪に染まったロレンツォは、まず手始めにレナードの仲間であり一番の信頼を寄せているミシュリアを悪に堕とし、セルフィを完膚なきまでに痛めつけたと聞かされる。ロレンツォはヘルズヒューマノイドたちとウォルティア領北にある捨てられた城…つまりウォルティア城を占拠し、フェルスティア侵略のための拠点としたのだ。そしてミシュリアは痛めつけたセルフィを人体実験の為にウォルティア城へ連れていくとレナードに告げた後、次元の裂け目へと消えていった。悪に堕ちたミシュリアに嘲笑われ、レナードの心は絶望によって真っ二つに折れてしまい、ただ大声で泣き崩れた……。

 

 大切な仲間であるセルフィとミシュリアを失い、レナードは両手で地面を叩き付けながらただ絶望の涙を流していた。

「うあああああっ……あああああああぁっ!!!

ただ泣き崩れるレナードを前に、ブレアはただあたふたしていた。

「ど…どうしよう!!こんな時どうすればいいんだ…不用意なやさしさはかえって逆効果になるかもしれないし…下手に話しかければ怒るかもしれない。こういうときにはむやみに手出ししない方がいいみたいだな。落ち着くまでそっとしておこう……。」

ブレアが頭を抱えて動揺する中、突如上空に大きな鳥のような影が映る。上空に浮かぶその影は突然急降下をはじめ、目の前に落ちてきそうな勢いであった。

 「うわああああぁぁぁ!!落ちる…こんなところで急降下したら落ちちゃうわぁっ!!!

その影の正体はカレニアを抱えて空を飛んでウォルティア大陸まで来たリリシアであった。何とか態勢を立て直して着陸できたものの、リリシアに抱えられていたカレニアは風圧によって酔ってしまっていた。

「着陸成功よ…無事にウォルティア大陸に上陸完了よ!!

「何が着陸成功なのよ…私はあなたに抱えられている間、風圧をもろに受けて乗り物酔い起こしちゃたじゃない!リリシア、私は頭痛いから少し横になってるわ。」

カレニアがベンチで横になって休む中、リリシアは目の前で泣いているレナードの魔力を感じ取ったあと、大声で泣いているレナードに話しかける。

(この男から…セルフィの魔力を感じる。どうやらセルフィと一緒に行動を共にしている様子がうかがえるわ……。)

「そこのあなた…何があったの。詳しく私に教えてちょうだい。」

「ううっ…私は…仲間であるセルフィとミシュリアを失った!!ロレンツォ様がミシュリアを悪に堕としてセルフィを痛めつけた後、ウォルティア領北にある捨てられた城に持っていくと言っていた……私は何もできなかった…ミシュリアとセルフィを助けられなかったんだっ!!

レナードが泣きながら今までに起こった出来事を話すと、リリシアが再びレナードに問いかける。

「あなたの話はよく分かったわ…そのロレンツォとかいう悪い奴がセルフィとミシュリアとかいう人をウォルティア領北にある捨てられた城に連れ去ったというわけね。ちょうど私もカレニアと一緒に石にされた仲間たちを助けるためにそこに向かおうとしていたのよ。」

「自己紹介が遅れた…私は糸使いのレナードだ。ロレンツォ様は私の師匠だ…かつて私が少年時代のころ、私を助けてくれた命の恩人だ。私はロレンツォ様を師と仰ぎ、糸術を学んだのだ。でも今は…ニルヴィニアに洗脳されて野望に協力している。お願いだ……ロレンツォ様に囚われた二人を…助げでぐれっ!!

涙を流しながら助けてくれと懇願するレナードに、リリシアはそっとレナードの肩に手をかけて一緒に助けに行くという旨を伝える。

 「セルフィは私の仲間だから、仲間の危機には黙っていられないわ!!そこのあなた、レナードとか言ったわよね…そうと決まれば私たちと一緒にウォルティア領北にある捨てられた城に向かうわよ!!カレニア、これからの旅の目的の追加よ!!ロレンツォとかいう奴にさらわれたセルフィとミシュリアの救出と石にされたクリスたちの救出を並行して行うわよ。レナードの話によるとミシュリアと言う少女はロレンツォによって悪に堕ちたと聞いているわ…彼女との戦いは避けられないけど、正気に戻して救出するしかないわ。」

ウォルティア領北にある捨てられた城に向かう目的をレナードの目的と合わせようとの言葉に、ベンチで休んでいたカレニアは起き上がり、レナードの方へと向かい救いの手を差し伸べる。

「リリシアの意見に同感よ…目の前で泣きながら助けを求めている人を放ってはおけないわ。そこにいるレナードとかいう人がセルフィの仲間だとすればなおさらよ!!大切な仲間を守るため、私たちとともに戦いましょう!!

投げかけられた温かい言葉と救いの手に、レナードは涙を流しながらリリシアとカレニアに感謝の言葉を述べる。

「ううっ…すまない……仲間一人も守ることができないこんな私の為に……っ!!

しばらくして、困り果ててその場を離れていたブレアがリリシアたちの方へと戻ってきた。ブレアの姿に気づいたカレニアはブレアのもとに駆け寄り、再会を喜ぶ。

「ぐすっ…ブレア、また会えて嬉しいわっ!!

「お…お姉ちゃぁぁんっ!!会いたかったよぉっ!!

カレニアがブレアとの再会を喜ぶ中、レナードはあふれる涙を拭っていた。涙を拭うのに使っていたのは赤い布きれかと思われたが、それはリリシアのドレスの裾であった

 「ちょ…ちょっとあなた!!まさか私のドレスの裾で涙を……!!

魔姫が気付いた時にはもう遅かった。すでにリリシアのドレスの裾はレナードの涙で濡れてしまっていた。大事なドレスを汚されたリリシアは怒りに震え、血走ったまなざしでレナードを睨み付ける。

「おのれ…よくも私の一張羅で涙を……許さないわよッ!!

「す、すまなかった!!私が悪かった…許してくれっ!!私はてっきり赤い布きれが落ちていたと思ったのだが、まさかあなたのドレスだとは思わなかったんだ!!

怒りに震えるリリシアはその場でレナードに殴る蹴るの暴行を加えた。騒ぎが収まったあと、一行は休息をとるべくレディナハーバーの宿屋へと向かうのであった……。

 

 宿屋に来た一行は泊り賃を支払い、本日の眠る場所を確保する。レナードは少し落ち着いたのか、ほんのわずかではあるがいつもの表情を取り戻しつつあった。

「まったく…私のドレスの裾で涙を拭うなんて恥知らずな奴なのよあいつはっ!!おかげで一般庶民の服装を着る羽目になっちゃったじゃないの。まぁいいわ…レナードが落ち着いたらじっくり事情を聞かせてもらうわよ!!

カレニアが用意してくれた旅人の服に着替えたリリシアは、レナードの涙で汚れた自分のドレスを洗いながらぶつぶつと愚痴をこぼしていた。そんな中、カレニアが現在のレナードの様子を伝えにやってきた。

「レナードさんは仲間を失ったショックから立ち直りつつあるわ。彼の身に起こった事情を早く聴きたいのはわかるけど、今はそっとしておいてあげましょう。下手に構うと逆効果になるかもしれないからね。」

レナードが落ち着くまでしばらくそっとしてあげてほしいとの要求に、しぶしぶリリシアは頷きながら応える。

「わかったわ…明日になったら彼から事情を聞いてみるわ。そろそろ風呂の時間だから、先に風呂に入っててちょうだい。私は洗濯が終わり次第風呂に入るわ。」

部屋に戻ったカレニアは風呂に入る準備をはじめ、風呂場へと向かっていく。風呂場の前にある脱衣所で紅蓮騎士団の制服を脱ぎ、浴場へと向かい湯船に浸かる。

「ウォルティア大陸には外交任務で行ったことはあるものの、ウォルティア領の北は一度も立ち入ったことはない未踏の地というわけね。まず必要なのは極寒の大地で体温を奪われないための寒さ対策…それができなければまず捨てられた城に向かう道中で凍死してしまうわ。この港町の市場で寒さを防げる衣を売っていれば何とか寒さを防ぐことができそうだが、それを取り扱っていればの事だけどね。」

カレニアが湯船に浸かりながらこれからの計画を立てている中、ドレスの洗濯を終えたリリシアが風呂場に現れる。

「今ドレスの洗濯が終わったわ。あとは風呂に入ってご飯食べて寝るだけね。そして明日はいよいよ目的地に向けて出発よ。」

「ちょっと待って…出発するその前に防寒着や消耗品を買い揃えるのが先よ。私の部屋で話した通りウォルティア北は草木ひとつ生えぬ極寒の地…防寒着なしで立ち入るのはまさに自殺行為よ。体を温める作用のある辛い飲み物も必要よ。特にリリシア、あなたの服装は何かと露出が激しいので一番凍え死ぬ確率が高そうだから心配でたまらないわ。」

露出度の高さゆえ凍死の危険を心配するカレニアの言葉に、リリシアは笑顔でこう言葉を返す。

 「ふふふ…何言っているのよ。私には赤き炎の魔力と熱い魂があるからそのくらいの寒さは大丈夫よ!!だが寒さだけは耐えられなさそうだわ。」

十分に体を温めた二人は湯船から上がり、服を着て風呂場を後にする。

「夕食の時間までまだ時間があるわ…それまで市場で必要なものを買いに行くわよ。防寒着と各種消耗品をたくさん揃えておいた方が安心だからね。」

二人は宿を後にし、ウォルティア領北に向かうために必要な物を買うべく市場へと向かうのであった……。

 

 時を同じくして、悪に堕ちたミシュリアによってウォルティア領北の捨てられた城の牢獄に連れてこられたセルフィは、牢獄の冷たい床の上で目覚めた。彼女の体にはミシュリアから受けたと思われる無数の痣があり、頭からは血が流れていた。

「はぁはぁ…ミシュリア!!なぜ仲間である私をっ!!

「あらぁ…お目覚めかしらセルフィ。ここはロレンツォ様の居城よ。あなたはこれから人体実験の材料になってもらうわ。こんなに美しく強靭な肉体を持つ人間なんてそうそういないからね。」

ロレンツォの洗脳術によって身も心も悪に堕ちたミシュリアの服装はロレンツォが仕立てたと思われる露出度の高い黒い服装に身を包み、長い髪も邪悪な赤紫色へと変わっていた。牢に閉じ込められているセルフィが体を動かそうとするが、鎖によって四肢をつながれて身動きが取れない状態であった。

「私があなたの仲間ですって…笑わせないで!!あなたの仲間のレナードも精神的に叩きのめしてやったから、今頃自殺して海に浮いてるんじゃないかな……。」

「私の仲間のレナードにまで手をかけるなんて!!許さない…仲間だって信じてたのにっ!!

ミシュリアは牢の中へと入り、セルフィを踏みつけながら嘲笑う。

 「私はね…仲間や友達なんて言葉が一番嫌いなの!!だからね…ある程度友情が芽生えたところで一気に絶望に叩き落とすのが一番の快楽なの♪うふふ…いずれあなたも立ち直れないくらいに叩きのめしてあげるわ!!アハハハハハッッ!!!

嘲笑いながらセルフィを足蹴にしてもてあそぶ中、ロレンツォが牢獄に現れる。

「ミシュリア…いつまで人体実験の材料で遊んでいるつもりだ。先ほど戻ってきたテレポーターが連れてきた人間は人体実験の末、凶暴な魔物に変えることに成功した。人間の全ての感情を失くし、破壊だけの感情を植えつけてやれば即席の殺戮兵器に代わるというわけだ。ミシュリアよ、これから人間を魔物に変える実験をするのだが、手伝ってくれるかね。」

「うふふ…ロレンツォ様のためならば私は喜んでついていきますわ。セルフィ、実験が終わったらまた遊んであげるから覚悟しなさい♪」

ロレンツォはミシュリアを連れ、テレポーターが連れてきた人間を魔物に変える実験をするべく牢獄を後にする。

 「う…ウソでしょ…ミシュリアが私たちを裏切るなんて…ううっ!!

仲間だと信じていたミシュリアに裏切られ、セルフィはただ泣き崩れるしかなかった……。

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