終章第二十四話 死の料理人
単身エルジェへと向かったリリシアが最長老に囚人たちの救援要請を終えた後、ルーナと魔導士たちとともに魔導船に乗りこみ、囚人達の待つ地獄島へと移動を始める。しかしその道中、ニルヴィニアの放った魔物たちの襲撃にあってしまい、リリシアはルーナは魔導士たちを加勢するべく魔導船の甲板へと向かっていった。時を同じくして、地獄島では収容所の教官の役割を持つ魔物であるマッドトレーナーが飛行獣とともに、囚人たちを収容所へ連れ戻すべく地獄島へと降り立った。しかしファルスとティエラ、そしてクリスたちの仲間の一人であるカレニアたちの活躍により、襲い掛かる魔物たちとヘルズヒューマノイドたちを一掃し、あと一歩で全滅できるほどまでに追い込むのであった……。
カレニアの双極の磁場で襲い掛かる魔物たちとヘルズヒューマノイドたちを一掃し、敵勢力はマッドトレーナー二体となった今、勝利は目の前の状況にあった。
「あの娘の磁場の魔力で戦況は一気にこちら側に傾いたようだな。だが奴の背後になぜか嫌な予感がする…奴らのほかにもまだ何かいるっ!!」
マッドトレーナーの背後に嫌な予感がするとのファルスの言葉を聞いたカレニアは、目を閉じて魔物の気配を探り始める。
「確かに…ファルスさんの言葉通り、奴らの背後に魔物の気配がするわ。魔物の気配があったのは地獄島の上空…つまり空から奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれないわ!!みんな、武器を構えてっ!!」
彼女の予想通り、地獄島の上空に無数の魔物の影が現れる。その正体は地上界の人間を触手で絡めたあと、理想郷建設のための労働力として収容所へと運ぶための魔物であるテレポーターであった。
「ケケケ…ニルヴィニア様が窮地の吾輩たちのために援軍をよこしてくれた!!さて…お前たち、今度こそ収容所に戻ってニルヴィニア様の為に働いてもらうぞ!!」
テレポーターの群れの中に、一人だけ人間のような姿をした魔物の姿があった。
「おやおや…教官とあろう者が囚人相手に苦戦を強いられているようですね。自己紹介が遅れたな…私はニルヴィニア様から人間界の人間を狩るために地上界に来た死の料理人ガーラルだ。もう人間を拉致して理想郷建設の為に働かせる必要はない…ニルヴィニア様がヘルズヒューマノイドたちを使って建設を行っている。あいつは人間より使える人材だが、進化させておかないとすぐに力尽きてしまうのが難点だ。そこでだ…この私が奴の適応する食材である人間の生き胆を手に入れるため、ニルヴィニア様が私に人間狩りを命じてきたのだ…教官殿、頑張ってくれたが、お前はもう用済みだ!!」
テレポーターに掴まって地獄島に降り立ったガーラルは双剣を構え、すぐさまマッドトレーナーの方へと走り、眼にもとまらぬ速さでマッドトレーナーの体を切り裂く。
「フン…ニルヴィニア様が生み出した魔物はヘルズヒューマノイたちのエサには向かん…煮ても焼いても食えん屑肉だ。やはり新鮮な人間の肉と生き胆が必要だ…まずはこの地獄島にいるすべての囚人たちを血祭りにあげて解体した後、そこにいるテレポーターで理想郷へと輸送する!!」
人間の肉と生き胆を狩りに来たというガーラルの目的に怒りを感じたカレニアは武器を構え、血走った眼でガーラルを睨み付ける。
「人間の肉と生き胆があのケダモノをパワーアップさせる食材ですって…ふざけんじゃないわよっ!!悪いけど…収容所から救出した囚人たちは一人もあのケダモノの胃袋に入るために料理される食材になんかさせない…あなたはここで倒す!!」
「ほう…実に美しい身体つきのお嬢さんだ。食肉に解体してしまうのは惜しいぐらいだな。そうだ、一つだけ条件を出そう…ここにいる囚人たちには手を出さない代わりに、黙って俺の嫁になってもらおう!!そうすれば命だけは助けてやろうではないか。」
カレニアがガーラルの嫁になる代わりに囚人たちに手を出さないという交換条件に、ティエラは怒りに震えながらカレニアにそう伝える。
「誰が貴様のようなくそったれ野郎なんかに我が娘を渡すものか!!カレニア、奴の言葉に決して耳を貸すな!!あんな奴と運命を共にすれば悲惨な末路が待っているのは目に見えているぞ!!」
「お母様…そういう卑劣極まりない奴の交換条件に了承する気はありませんわ。私が囚人たちの指揮を執る以上、救助した囚人たちは一人も欠かさず故郷に帰還させてみせますわ!!リリシアがいなくても…私一人でこの戦いに勝利してみせるっ!!」
剣を構えてガーラルの方へと走ろうとするカレニアを、ファルスが呼び止める。
「お前一人じゃ無理だ!!こいつは今まで戦ってきた奴らとは違う…ここは俺も助太刀させてもらおう。ティエラさん…あなたも協力してくれるな?」
「よかろう…カレニア一人では到底勝てないだろう。こいつをここで生かしておいたら何人もの地上界の人間がこいつの凶刃にかかりあの得体のしれない奴らの胃袋に運ばれるだろう。将軍様、私とウルも戦いに参加するぞ!!」
ファルスの号令を受けたティエラは、ウルと共にカレニアの助太刀に入る。
「ニルヴィニアの差し金め…俺たち4人が相手になってやるぞ!!」
「ほう…お嬢さんの他にも俺に歯向かう人間が現れたか。だがそこの女は食肉には向かん…なぜなら左腕と右足が鉄臭い上、40代半ばの熟女だからだ。人間の生き胆と肉は年を重ねるごとに鮮度が落ち…30代後半になると不味くてヘルズヒューマノイたちには適応しない!!狙うなら俺の嫁候補とあの野生児と槍を持った男だ…あいつらなら20代の瑞々しさがあるからな!!」
四人が戦いの構えに入った後、カレニアが剣を天に掲げて仲間たちを鼓舞する。
「この四人なら勝てる気がするわ。お母様、そしてファルスさん…囚人と仲間たちを誰一人として欠かさずに勝利するわよ!!」
カレニアの言葉の後、四人は武器を構えてニルヴィニアの刺客である死の料理人ガーラルに立ち向かうのであった……。
時を同じくして、魔導船の甲板ではルーナとリリシアがニルヴィニアの放った魔物たちと戦っていた。彼女たちの協力の甲斐あって魔導船を襲撃した魔物たちの数は減っているが、輸送用の飛行獣の口に潜んでいた魔物たちが次々と甲板に降り立ち、埒があかない状況であった。
「魔物の数は何とか減らせたが…飛行獣の口から魔物たちが次々と魔導船の甲板に次々と飛び乗ってきているようね。しかも厄介なことにヘルズヒューマノイドもいる…あいつはニルヴィニアが生み出した人間の肉と生き胆を喰らい進化するとんでもない生き物よ。」
「人間を喰らうですって!!あのくそったれはあんな得体のしれない化け物まで生み出していたのね!!リリシア、さっさと戦いを終わらせて地獄島に向かいますわよ!!」
魔導船の甲板に飛び乗ってきたヘルズヒューマノイドはルーナを見るなり、眼の色を変えてルーナの方へと襲い掛かかる。
「ケッ…コノ女ハ不味ソウダ!!外見ハ若イ娘ノヨウダガ中身ハ千年以上生キテイヤガル!!俺ハ若イ娘ノ生キ胆ハ好キダガ、テメェノヨウナ熟女ノ生キ胆ナンザ喰ライタクネェンダヨ!!死ニヤガレェ!!」
鋭い爪を立ててルーナの喉元めがけて飛びかかるヘルズヒューマノイドに対し、ルーナは鋭い眼光で周囲を威圧する。エルジェの大魔導が放つ圧倒的な威圧感は、その場にいる魔物たちは次々とショックを受け、その場に崩れ落ちる。
「す…すごい!!なんて威圧感なの…振り向いただけで周囲にいる魔物たちが次々と倒れていくなんて!!」
「ま、私が本気を出せばこんなものよ。さて、あとは魔物たちを倒すだけね。甲板のやつらよりもあの輸送用の飛行獣を倒さないと、またすぐに湧いてくるわ!!ここは私と魔導士たちで動けない甲板のやつらを倒すので、リリシアはあの飛行獣を倒してちょうだい!!」
ルーナと魔導士たちが威圧で動けなくなった魔物たちの相手をしている間、リリシアは両手に魔力を集め、輸送用の飛行獣の方へと向かっていく。
「闇の獄炎の魔力よ…全てを焼き尽くす炎の渦となって対象を焦がさんッ!!闇炎の渦(ダークフレイム・ストリーム)っ!!」
リリシアが詠唱を終えた瞬間、魔物の輸送用のための飛行獣の周りに全てを焦がす暗黒の炎の渦が巻き起こる。荒れ狂う炎の渦は飛行獣の体を焼き尽くし、一瞬にして黒焦げとなる。
「飛行獣の始末は完了したわ!!ルーナ様、こっちはどう!!」
「私の方は全部片付いたわ!!多少あのヘルズヒューマノイドとかいう化け物には少々苦戦を強いられたけどね!!さて、戦いも終わったことだし、再び地獄島に向けて出発しましょう!!」
ニルヴィニアが放った魔物たちを全滅することに成功した一行は、再び地獄島へと向けて航路をすすめるのであった……。
一方その頃地獄島では、カレニアたちは死の料理人ガーラルとの死闘が繰り広げられていた。しかしガーラルの戦闘能力は高く、四人は苦戦を強いられていた。
「はぁはぁ…私たちの攻撃が、まったく効いていないなんて!!」
「フン…口ほどにでもない奴らだな!!解体される前に教えてやろう…この俺は偉大なるニルヴィニア様によって創られた特別な存在だ。ヘルズヒューマノイドは低コストの魔力で量産可能だが、死の料理人と呼ばれる俺のような特別な存在にはニルヴィニア様が莫大なる魔力を使って生み出しているのだ!!おっと、俺様は長話は好きではないからな…速やかにヘルズヒューマノイドたちの食肉に卸させてもらうぜ!!」
ガーラルは人間を殺戮するためだけに特化した一対のナイフであるヒューマンリッパーを構え、狂ったようにナイフを振り回しながら、こちらのほうへと向かってくる。
「ヘッヘッヘ、俺のナイフでバラバラにしてやるから覚悟し……ぐおっ!!」
狂気の笑みを浮かべながらカレニアたちの方へと襲ってくるガーラルだが、ファルスの槍から放たれた光弾が足に命中し態勢を崩し転びそうになるが、間一髪のところで態勢を立て直して再び走り出す。
「おっとっと…危うく転びそうになったぜ。俺の足に当たったあの光弾の出どころは貴様の槍から放たれたものだな…まずはあの小娘の前に…お前から細切れにしてくれる!!」
「奴の足に命中したものの、わずかに着弾地点がそれてしまったか…どうやらこいつには小細工は通用しない相手だな。ならばこの俺の槍術でお前を討つ!!」
ファルスは華麗な手さばきで槍を回転させながら、ガーラルの方へと走っていく。
「ケケッ…奴の武器は槍だな。まずはそのままでは堅くてヘルズヒューマノイドの口に合わない人肉を軟らかくするため…この肉叩きでいたぶってやる!!」
ガーラルはヒューマンリッパーを調理器具の入った鞄に収めたあと、巨大な肉叩きのようなハンマーを取り出す。そのサイズは通常の物とは桁外れのサイズであり、先端部分は人間の血で真っ赤に染まっていた。
「奴はナイフの他にも…巨大な肉叩きのような鈍器まで持っているのかっ!?」
「その通り…人間を美味しく調理するための下ごしらえとして使う調理器具さ。ま、俺にとって下ごしらえは、相手を思うがままになぶり殺せる至福の時間さっ!!」
巨大な肉叩きを構えたガーラルは、狂喜の笑みを浮かべながらゆっくりとファルスの方へと近づいてくる。肉叩きの重さゆえガーラルの動きが遅くなっているすきに、ファルスは素早く背後へと回り込み、無防備な背中に狙いを定める。
「ナイフから肉叩きに持ち替えたことで、武器の重さで多少奴の動きは鈍くなる…ここは一気に奴の背後に回り、後ろから一突き食らわせてや……っ!?」
槍を突き出そうとした瞬間、ファルスの体に刃物で刺されたような激痛が走る。ファルスは痛みをこらえながら自分の体を見ると、彼の足には鋭いフォークが体に突き刺さっていた。
「貴様、俺の背後に回りこんで不意打ちを仕掛けようとしているのは見えているぞ!!俺は直感が鋭いんでな…後ろに気配を感じるとついつい俺の暗器であるアサシンフォークを投げてしまうのさ!!このアサシンフォークは先端が凶悪なまでの鋭さを持っており、獲物の体に深く食い込む暗殺用の武器だ。どうだ…痛いか?ならばこの俺が痛みを感じぬようその頭を叩き潰してやろう!!」
ガーラルは自分の背丈の倍以上ある肉叩きを振り上げ、足を負傷し動けないファルスの頭めがけて振り下ろそうとしたその時、ティエラがガーラルに体当たりを食らわせ態勢を崩させる。
「お…おのれ!!煮ても焼いても食えない熟女の分際のくせに生意気な!!」
「将軍様、この状態だとしばらくは戦線離脱だな。だが安心しろ、ここは私とカレニアとウルの3人で何とかして見せようぞ!!」
ティエラは負傷したファルスを安全な場所に避難させた後、三人は武器を構えてガーラルに挑むのであった……。