終章第二十三話 理想郷からの刺客
魔物に間違われてエルジェの魔導士たちの迎撃を受けるなど前途多難な空の旅の末、エルジェの大魔導であるルーナとともにエルジェへとたどり着いたリリシアは、早速最長老のいる大宮殿へと向かう。最長老はリリシアの網膜からニルヴィニアの手を逃れて地獄島に避難している囚人たちの救援を要請をお願いしたいとの情報を読み取ったエルジェの最長老は、魔導船を操縦できる魔導士を呼ぶべく、謁見の間を後にした。ルーナとリリシアは最長老が謁見の間に戻ってくるまで、エルジェの地下につくられた魔導士たちの修練場で魔姫の実力を試すべく大魔導のルーナと手合せをすることになった。両者互いに譲らぬ激しい戦いを繰り広げたが、リリシアはルーナにひとつもダメージを与えられないまま、ルーナの舞踊杖(ダンシングロッド)の一撃を受け、惨敗を喫したのであった……。
地下修練場での戦いを終えて謁見の間へと戻ってきた二人の元に、最長老が魔導船を操縦できる魔導士たちを連れて戻ってきた。
「むむ…ルーナよ、今までどこに行っていたのだ?」
「最長老様が戻ってくるまで、地下修練場で少し手合せをしていたのよ。あの娘は強い魔力の持ち主よ…今はまだ原石の段階だが、磨けば磨くほど輝きを放つ可能性を持っているわ。」
ルーナの言葉の後、最長老は魔導船の操縦者たちに命令を与える。
「うむ…そなたたちに来てもらった理由は、魔導船を使いニルヴィニアとかいうくそったれ野郎の手から逃れ地獄島に避難した囚人たちの救援に向かってくれ。」
最長老の勅令を受け、謁見の間に集められた魔導士たちは大宮殿の裏庭に停泊させてある魔導船に乗り込み、魔導船を稼働させる準備に取り掛かる。
「さて、今から魔導船に乗って地獄島に向かうわよ。」
「ニルヴィニアは確実に倒さなければならない相手でもあり、私の仲間たちを石に変えた邪悪の化身。流石に今の私たちの力では勝てないわ。自己紹介が遅れてすまなかった…我が名は人間と魔族の血を持つデーモニックハーフのリリシアと申します。あなたの名はルーナと言ったわね…この一件が終わったらお教えください…心の力と、本質的な魔力の使い方をっ!!」
「分かったわ…私の持つすべてをあなたに教えてあげる。だが、ひとつ言っておくけど術に更なる威力を上乗せできる心の力の使い方を得るための試練はとても難しいわよ。実の話…エルジェ全体で心の力の使い方を得ている魔導士は少ないのよ。心の力の使い方は自分の体に眠る力を呼び起こし、術の詠唱と同時に特殊な呼吸法を用いて自分の体の中に眠る心の力を体から放出する高等な魔導技術よ。私は最長老との厳しい修行の末…心の力の使い方を学んだのよ。」
魔導船のコンロトールルームにいる魔導士たちは次々と魔導船の動力炉に魔力を送り込み、魔導船をゆっくりと上空へと浮上させていく。魔導船はエルジェの上空に浮上した後、囚人たちの待つ地獄島へと移動を開始する。
「ふむ…大魔導ルーナ様の言葉を聞く限り、心の力を使うにはかなり厳しい修行が必要みたいね。心の力の使い方を学ばなければ、地上界を我が物にしようとする諸悪の根源であるニルヴィニアには勝てないっ!!」
操縦室にいる魔導士が船内に進行状況を伝え終えようとしたその時、突如船内が大きく揺れ始める。
「魔導船は現在ルディア地域を通過し、中央大陸付近を飛行中。あと数分で目的地の地獄島に到着しま……うわっ!!」
「緊急事態です!!魔導船の甲板に魔物の影を確認…ただいま甲板の見張りをしていた魔導士たちが魔物たちと応戦しておりますが、その後ろには後数十匹の魔物と、魔物の輸送用と思われる大きな翼をもつ大型の魔物がいて戦力が不足しております。船内にいる者たちは至急救援をお願いします!!」
先ほどのアナウンスで魔導船に起きた異変に気づいたリリシアは、それがニルヴィニアの仕業だということに気づき、怒りを露わにする。
「おのれニルヴィニアめ…魔物を差し向けて魔導士たちを襲撃するつもりね!!こうなったらやるしかないわ…!!」
「私もエルジェの大魔導の名において、フェルスティアをあのくそったれ野郎の好きにはさせない!!」
怒りの表情を見せるルーナとリリシアはニルヴィニアの放った魔物と戦うべく、急いで魔導船の甲板へ急ぐのであった……。
一方囚人たちが一時避難している地獄島にも、ニルヴィニアの放った魔物の魔の手が伸びていた。
「収容所を脱獄した囚人どもめ!!吾輩収容所の教官たちが貴重な労働力を迎えにくるためわざわざ収容所の仕事を休んで地上界に来てやったぜ!!今すぐ私の要求を聞けば命だけは助けてやる。ただし…一生理想郷建設のための労働力として働いてもらうがなっ!!」
鞭を持った第一・第二・第三収容所の教官の役割を担う魔物であるマッドトレーナーがニルヴィニアによって生み出された魔物を引き連れ、大きな翼をもつ飛行獣の背から飛び降り、地獄島に降り立つ。突然の襲撃に囚人たちが逃げ惑う中、カレニアは武器を構え、迫りくる魔物たちの軍勢に立ち向かう。
「あいつら…魔物を引き連れて我々を収容所に強制送還するつもりだわ!!ここは私が食い止めるから、囚人たちは早く安全な場所に逃げるのよっ!!」
「吾輩だ…教官だ!!と言いたいところだが、今は囚人たちを連れ戻すのが先だ!!この俺様の鋼鉄の鞭が唸るぜぇ!!お前ら、殺すんじゃねぇよ!!こいつらを生かして収容所に連れ戻すんだ!!」
マッドトレーナーの一人が魔物たちに命令を与えた後、魔物たちは逃げ遅れた囚人を捕まえるべく襲い掛かる。魔物が囚人の一人をとらえようとしたその時、槍を構えたファルスが魔物の一人を葬る。
「お前らの相手はあの眼鏡のお嬢さんだけじゃないぜ!!こっちには元紅蓮騎士団団長と狼少女…そして俺たちが救出した囚人たちがいる!!少々分が悪いんじゃねえか…ニルヴィニアの差し金よぉっ!!」
ファルスが槍を構えて威嚇する中、ティエラとウルと戦闘経験のある囚人たちが戦闘態勢に入り魔物を迎え撃つ。
「汚らわしい魔物どもめ、私の娘に指一本でも触れてみろ…その瞬間貴様の命はないと思え!!」
「ティエラさんの従者として…力の限りを尽くします!!必ずあの魔物どもを切り刻んでやるわよ!!」
ウルは鋭くとがった爪を突き出しながら、魔物たちの方へと突進していく。風をも切り裂く鋭い爪は魔物たちをすれ違いざまに引き裂き、襲いくる魔物立ちを肉片と化していく。
「さて…我が娘カレニアよ、あれだけの量の魔物をウルと囚人たちで相手にするのは不可能だ。ここは私とコンビを組み、奴らを一掃しようではないかっ!!」
「しかし…もうお母様は40代前後だから、無理をしたら体に悪いわ。この場は私に任せてください!!」
「確かに私は21歳のころにお前を産んだ。しかし夫は戦いの中で死んであの一件が起こる前までは女手一つでお前を育ててきたのだよ。なぁに…40歳を越えた私だが戦いの腕は衰えていないから大丈夫だ。セルディア大陸の東の温泉郷の郊外で隠居生活をしていたが、金を稼ぐために近辺の魔物の討伐を請け負っていたのだよ。」
カレニアとティエラは剣を掲げ、紅蓮騎士団に伝わる開戦の合図をとる。
「子供の頃の私の憧れだったお母様と一緒に戦えるなんて、嬉しくて涙がでてしまいそうだわ。」
「私もだ。フレイヤードに代々受け継がれてきた紅蓮騎士団を支えるまでに成長した娘と共に戦場を駆けられるとは思ってもいなかったよ。さぁ、ともに手を取り合い魔物たちを殲滅しようではないか!!」
開戦の合図で士気を高めた二人が剣を振るい、次々と魔物たちを一掃していく。そのただならぬ様子を感じとった第二収容所担当のマッドトレーナーは、鞭を構えてカレニアとティエラの前に現れる。
「ぐぬぬ…吾輩の放った魔物がいともたやすくやられてしまうとは!!おのれ囚人どもめ…この吾輩が相手になってやろう!!この鋼鉄の鞭で貴様の体をズタズタに引き裂いてやるぜ!!」
マッドトレーナーは鋼鉄の鞭を振るい、二人にその力を見せつける。
「ほほう…ずいぶんと強そうな武器を持っておるな。だが、私が持つこの焦熱剣ヴォルアグニはあらゆるものを燃やし尽くす獄炎の剣だ。強大な炎の魔力を持つ分…取扱いが非常に難しい剣だ。さて、そこの鞭男…今ここで私の剣の威力を見せてやろう…来いッ!!」
一度鞘を抜けば身を焦がすほどの炎のオーラを放つ獄炎の剣である焦熱剣ヴォルアグニを構え、ティエラはマッドトレーナーの方へと向かっていく。マッドトレーナーは手に持った鞭を高速で回転させ、大竜巻を発生させて応戦する。
「ケッケッケ…教官に逆らう不届き者は徹底的にいたぶってやるぜ!!……グワアァッ!!」
ティエラが剣を振るった瞬間、炎の衝撃波が巻き起こる。その衝撃波はマッドトレーナーの放った大竜巻を相殺しマッドトレーナーに命中する。
「流石はお母様…40代になった今でも剣の腕前は衰えていないようね。ここは私も負けてはいられないわね!!」
「紅蓮騎士団を統べる者にまで成長したお前の力を…あの下賤な魔物に見せつけてやるがいいっ!!」
マッドトレーナーがティエラの攻撃を受けて怯んでいる隙をつき、剣を構えたカレニアがマッドトレーナーの体に燃え盛る炎の一閃を放ち、マッドトレーナーを撃破する。
「ほう、第二収容所の教官を倒すとは人間にしてはなかなかの腕を持っておるようだな!!だが…失った戦力は数で補えばよいだけのことだぁっ!!出でよヘルズヒューマノイドたちよ、こやつらを始末せよ!!」
第一収容所のマッドトレーナーが号令を送った瞬間、飛行獣の口の中から人間の体など容易く寸断するほどの鋭い爪を持つヘルズヒューマノイドたちが次々と現れ、地獄島に降り立つ。
「援軍を呼ばれたか…元紅蓮騎士団団長よ、ここは私に任せてくれ。ここは俺の槍術で一気に奴らを蹴散らすっ!!」
ファルスは手に持った槍に光の魔力を集め、華麗な手さばきで槍を回転させながら魔物たちの群れへと突っ込む。
「人間に仇なす悪しき者め…我が槍術で葬ってくれる!!聖光大車輪戟ッ!!」
ファルスの持つ聖なる光が込められた槍術が、新たに放たれたヘルズヒューマノイドたちを次々と切り裂きながら吹き飛ばしていく。ファルスが奮闘する中、徐々に劣勢に立たされていく敵勢力は急いで飛行獣に乗って一時撤退をはかるが、先回りしていたカレニアによって阻まれる。
「吾輩は人間という生き物を侮っていたようだ…ここは一時撤退しよう。この作戦は人間に敗北して逃げるわけじゃあない!!戦略的撤退というものだっ!!お前ら…早く飛行獣に乗って理想郷に……っ!?」
「魔物どもめ、絶対に逃がさないわよっ!!残念だけどあなたたちはここで終わりにしてあげるわ…紅蓮武術・灼熱ノ舞(イグナイト・ドライヴ)・焦葬ノ調ッ!!」
その身に全てを焼き尽くすほどの炎を纏い、カレニアは地上と理想郷を移動するための飛行獣に突進を繰り出す。カレニアの身にまとった炎は飛行獣に燃え移り、一瞬にして消し炭となる。
「おのれ小娘め…やってくれおったな!!よくも俺たちの移動手段をっ!!これではニルヴィニア様の待つ理想郷へ帰れぬではないか!!作戦変更だ…収容所へ連れ戻す事が不可能となった今、貴様らを殺すしかあるまい!!」
理想郷へと帰るための移動手段を失い、怒りに震えるマッドトレーナーは魔物たちを呼び寄せ、カレニアに一斉攻撃を仕掛ける。ヘルズヒューマノイドたちも魔物たちの群れに混ざり、
「ケケケッ…美味ソウナ身体ヲシタニンゲンダァ!!魔物タチニ先ヲ越サレル前に小娘ノ喉ヲ切リ裂イテソノ血ヲペロペロシテヤルゥゥゥゥ!!!」
「綺麗デ無垢ナ少女ノ生キ胆コソ喰ライ甲斐ガアルッテモンダ。人間ノ生キ胆ハ俺タチヘルズヒューマノイドノ細胞ヲ強化スル適応食材ナノダ…コイツサエ喰ッテシマエバ、進化形デアルガデスノイドニナレルンダゼッ!!テメェラ…アノ小娘ヲヤッチマエッ!!」
血に飢えたヘルズヒューマノイドたちは一斉に爪を立て、大きく飛び上がりカレニアに襲い掛かる。
「血に飢えたケダモノたちに…紅蓮騎士団の団長であるこの私には勝てないということを教えてあげるわ!!クリスたちとの旅で数えきれない戦いで成長した私の術で、ひねり潰してさしあげますわ!!」
カレニアは静かに目を閉じて精神統一をした後、両手に強大な魔力を集めて術を放つ態勢に入る。
「陰と陽のエネルギーを用いて…相手の動きを奪う双極の磁場を生み出さん!!古の秘術(グランスペル)・双極磁場(アーラ・マグネルガ)ッ!!」
詠唱を終えた瞬間、地獄島の上空に凄まじい双極の磁場で球体が現れる。今まさに襲い掛かろうとしていた魔物たちとヘルズヒューマノイドたちを磁場の中心に引き寄せ、一網打尽にする。
「グギギギ…体ガ動カンッ!!ドウナッテイルンダァッ!!」
「その重力は自身の手で操作可能な双極の磁場…まず引き寄せる磁場で引き寄せて自由を奪った後、じわじわとダメージを与えて…一気に引き離す磁場に変えて大きく地面にたたきつけるっ!!」
指をパチンと鳴らした後、引き寄せる磁場が引き離す磁場に変わり、磁場の中心に吸い寄せられていた魔物たちとヘルズヒューマノイドたちは一気に地面にたたきつけられ、絶命する。
「あのケダモノどもの始末は完了したわ!!さて…あとは二人の鞭男を葬るだけよっ!!」
双極の磁場で襲い来る魔物たちを一掃したカレニアの活躍により、敵勢力を壊滅状態にまで追い込むことに成功したのであった……。