終章第二話 血ぬられた狂戦士はか弱き令嬢を弄ぶ
テレポーターたちを退けたセルフィたちは大規模破滅に関する情報を手に入れるべく、旅人の酒場へとやってきた。酒場のマスターは知っている限りの情報をレナードに伝えた後、レミアポリスの王宮が何者かによって上空に持ち上げられるという謎の現象が起きているということを告げられた。セルフィとレナードが酒場での情報収集を終えてレミアポリスへと向かおうとしたその時、ボルディアポリスの宮下町で少女の悲鳴が響き渡った……。
少女の悲鳴を聞いたセルフィとレナードは、魔力を頼りに魔物に襲われている少女のもとへと向かっていく。
「この先に先ほどの奴らよりも強い魔物の気配を感じる…セルフィ、急いで悲鳴が聞こえた方へと急ぐぞっ!!」
二人が魔物の気配の発生源に辿りついたその時、ニルヴィニアが生み出した巨大な魔物・ブラッドバーサーカーが今まさに少女を捕食しようとしていた。周囲には無惨に食い散らかされた人の死体が転がり、地面は血で真っ赤に染まっていた。
「た…助けてぇぇぇっ!!!」
「セルフィ!!ここは私が時間を稼ぐので、その間に少女を救出するんだ!!」
セルフィにそう伝えた後、レナードは見えない糸を放ちブラッドバーサーカーの体を縛りつける。ブラッドバーサーカーがレナードの放った見えない糸に縛られ身動きが取れない間に、セルフィは襲われている少女を抱え、安全な場所へと避難させる。
「ひとまずここにいれば安全よ…後は私たちにまかせてください。」
「ぐすっ…死にそうなところを助けていただき…本当にありがとうございますっ……。」
セルフィが少女の救出を終えた瞬間、ブラッドバーサーカーは全身に力を込めてレナードの放った見えない糸を引きちぎり、巨大な拳を振りおろしてレナードに襲いかかる。
「くっ…奴の力が強すぎて糸が切れたか!!ならこれならどうだ…貫糸(ピアッシング・スレッド)!!」
怒涛となって繰り出される巨大な拳の一撃をかわしつつ、レナードは素早く糸を束ねてブラッドバーサーカーに連続攻撃を繰り出す。しかし巨大な体格ゆえ僅かしかダメージを与えられず、レナードはじわじわと追い詰められていく。
「私の糸術が通用しないとは…ひとまず対策を…ぐあぁぁっ!!」
レナードが急いで態勢を立て直そうとしたその時、ブラッドバーサーカーの巨大な拳の一撃を喰らい大きく吹き飛ばされる。
「うぐぐ…なんとか直撃は免れたが足の骨が数本逝ってしまった。このままではまずい…確実に殺られるっ!!」
ブラッドバーサーカーは足を負傷し動けないレナードに近づき、巨大な足を上げて踏みつぶそうとしたその時、セルフィは波動弾を放ちブラッドバーサーカーの態勢を崩す。
「ギリギリ間に合ってよかったわ…レナード、私も助太刀しますっ!!」
「さっきのダメージで足の骨が数本逝ってしまって戦える状態ではない…セルフィ、戦う前に私を安全な場所に運んでくれないか?」
負傷したレナードを安全な場所へと運んだ後、セルフィは雷帝の爪を構えてブラッドバーサーカーに立ち向かっていく。
「よくも私の仲間を痛めつけてくれたわね…今度は私が相手になってやるわっ!!」
仲間を痛めつけられ怒りの表情を浮かべるセルフィは爪の先に雷のエネルギーを集め、ブラッドバーサーカーに攻撃を仕掛ける。
「雷帝の爪に込められし全てを焼きつくす雷の魔力よ…怒りを持って荒れ狂い、吼えろ雷撃ッ!!」
雷帝の爪から放たれた雷球はブラッドバーサーカーに命中した瞬間、凄まじい高熱により着弾箇所を焼き焦がす。
「くっ…奴の体が巨大すぎて風穴を開けるまでにはいかなかったようね。私が操る帝雷砲(ゼオニックプラズマ)は集約された高出力の雷の魔力を雷球として放ち、対象を焦がす裁きの雷球。風穴を開けられなくとも…着弾と同時に凄まじい電流が体を駆け抜け、貴様の体から自由を奪い取るっ!!」
その言葉の後、ブラッドバーサーカーは先ほどセルフィが放った雷球を受けて体が麻痺し、その場に崩れ落ちる。セルフィは態勢を崩したブラッドバーサーカーに近づき、激しい拳の連打を浴びせる。
「これでも…喰らってなさいっ!!」
セルフィの激しい拳の連打が、ブラッドバーサーカーの体に怒涛となって襲いかかる。しかし強烈な打撃を受けてもなお、ブラッドバーサーカーに僅かしかダメージを与えられなかった。
「な…なんて奴なの!!肉質が堅すぎて私の拳が全然効いていないっ!!」
セルフィがブラッドバーサーカーの強靭な肉体に苦戦を強いられる中、レナードが負傷した足を引きずりながらセルフィにアドバイスを送る。
「うぐぐ…セルフィ、こいつには物理攻撃は全然通用しない。私の貫糸も奴の前には効かなかった…だがいくら強靭な筋肉の鎧を纏えど、魔法の力は防ぐことはできない。私も魔法は使えるが…低級呪文しか使えない。セルフィ…君は魔法を使えるのか?」
「ええ…私は魔法の知識に長けていますので術を使えます!!レナード、この場は私がやれる限りのことをしますので、しばらく休んでいてください!!」
術の攻撃なら効果的とのレナードの助言を受け、セルフィは魔力を集約させて術の詠唱に入ろうとしたそのとき、先ほどセルフィが救助した少女がセルフィのもとに駆け付ける。
「わ…私は魔法が使えるので、一緒に戦わせてください!!私はボルディアポリスの王宮の令嬢、ミシュリアと申します。」
「あなたが魔法が使えるとは知らなかったわ…いいわ。お互い力を合わせてあいつをやっつけるわよ!!」
セルフィの言葉の後、二人は魔力を集めて術の詠唱に入る。二人が術の詠唱に入る中、レナードはブラッドバーサーカーの動きを止めるべく、物陰に隠れて糸を放つ。
「私の今の力では少しの間しか相手の自由を奪えないが、あの二人が詠唱を終えるまで持ちこたえてくれよ…縛糸(スレッド・チェイン)っ!!」
レナードの放った糸はブラッドバーサーカーの手足に絡みつき、身動きを奪う。しかしブラッドバーサーカーは大きく体を揺らし、自由を奪う糸を振りほどこうとする。
「くそっ…このままでは振り切られてしまう!!だが私たちは負けるわけにはいかないっ!!」
レナードはさらにブラッドバーサーカーに糸を放ち、体を縛る糸の強度を高めブラッドバーサーカーの体をギリギリと締め付けていく。一方その頃セルフィとミシュリアは詠唱を終え、術を放つ態勢に入っていた。
「煌めく光の魔力よ…貫く光の刃となりて対象を貫かんっ!!スラッシング・レイ!!」
「荒波のごとく渦巻く水流よ…激流の柱となって敵を葬れっ!!タイダル・ピラー!!」
二人の術をまともに食らったブラッドバーサーカーは大きなダメージを受け、轟音とともにその場に崩れ落ちる。セルフィは地面に崩れ落ちたブラッドバーサーカーの体に雷帝の爪を突き刺し、高出力の電流を体に浴びせる。
「これで…終わりよっ!!死に至る雷(ゼオニック・デスボルト)!!」
雷帝の爪から流れる高出力の電流が、ブラッドバーサーカーの体を駆け巡り体の内側から焼き尽くしていく。ブラッドバーサーカーとの死闘を終えたセルフィは仲間のもとへと向かい、勝利宣言を行う。
「はぁはぁ…強い相手だったがなんとか勝利を収めることができたわ。ミシュリアが助太刀に来てくれなかったら私たちは確実にやられていたわ。しかし、あの魔物はどこから来たのだろう…。」
ブラッドバーサーカーが何処から来たのかとのセルフィの言葉に、ミシュリアは二人に襲われるまでの経緯を話し始める。
「私を襲った魔物のことですか…私が衛兵たちに連れられて安全な場所に向かおうとしているところを襲ってきました。衛兵たちは私を守るために必至で戦ったのですが、魔物の力の前になす術なく殺され、食べられてしまいました。あの魔物がどこから来たのかは私にはわかりませんが、この世界に存在する魔物ではなく…何者かが生み出した魔物なのかもしれませんわ。」
何者かが生み出したとのミシュリアの言葉にヒントを得たセルフィは、それがニルヴィニアによって生み出されたという大きな手掛かりを手に入れた。
「何者かが生み出した…となるとあの魔物を生み出した奴はニルヴィニアに違いない!!つまり…この地上界の人間を抹殺するために送り込んだのかもしれないわ。私たちはこれからレミアポリスに向かうところなんだけど、ミシュリアも一緒に来てくれるかな?」
私たちと一緒に来てほしいとの言葉に、ミシュリアは喜んでセルフィの交渉を受け入れる。
「いいですわ…あなたたちの仲間になりましょう。私は攻撃呪文と回復の呪文の両方を扱えます。足手まといにならないよう頑張ります!!」
ミシュリアがセルフィたちの仲間になると伝えた後、てのひらに聖なる魔力を集めてレナードの傷の治療に取りかかる。
「あの…足を負傷しているようですね。私が回復してあげますわ。」
「ありがとう…おかげで逝ってしまった足の骨が元通りになったよ。自己紹介が遅れたね…私は糸使いのレナードといいます。おっと、君の服少し破けているようだね…私が破れている箇所を補修してあげましょう。」
レナードは鞄の中からミシュリアが来ている服と同じ糸を取り出し、目にもとまらぬ速さで糸を編みあげ、破れた箇所を縫い合わせる。
「さすが糸使いだけあって、裁縫のスキルは上手ですね。おかげで破れた私の服が一瞬にして元通りになりました。」
「ふふっ…熟達した糸使いの私にかかれば裁縫などお手の物さ。セルフィ、今日は魔物との戦いで体力を大きく消耗したので、近くの宿屋で一泊してからレミアポリスへと向かおう。」
宿で一泊してからレミアポリスに向かおうとのレナードの言葉に、セルフィはうなずきながらその要求にこたえる。
「そうね…ゆっくり休んで体力を回復してから目的地に向かうのがベストですからね。」
「宿泊代金が安い宿屋なら、中央広場の近くの宿がいいですわ。」
新たな仲間のミシュリアを仲間に加えたセルフィは戦いの疲れを癒すべく、ボルディアポリスの宿屋へと向かうのであった……。
ボルディアポリスの宿屋に来たセルフィたち一行は店主に三人分の宿代金を渡した後、部屋へと向かい旅の疲れを癒していた。
「明日はレミアポリスのある中央大陸に向かうが…そのためには船が必要だ。砂漠をこえたところにあるアドリアシティに行けばレミアポリス行きの船が出ているが、王宮が天空に浮かんだり魔物が発生したりする事件があったとのことで運航を見合わせている可能性が高い。もし船が運航していないなら船小屋に行けば買える可能性はあるが…莫大な金が必要なのが現状だ。」
「私…船を買う金なら持ってます。私が住んでた屋敷から逃げるときに少し持って行った分ですが、これを使えば安い船なら買えるかもしれません!!」
ミシュリアが懐から取り出したのは、なんと100万Gはあろう札束であった。
「さ…流石は令嬢だけあって、そんな大金をいつも持ち歩いていたのかっ!!」
「これだけのお金があれば…船を買ってもお釣りがくるわ!!」
二人が初めて見る大金に驚く中、ミシュリアが残りのお金で必需品を買うほうがいいと仲間たちに告げる。
「とりあえず、残りのお金で仲間たちの装備品や道具を買った方がいいと思うわ。これから先にさらに強い魔物が襲いかかってくるかもしれませんので、準備は大切ですわ。」
ミシュリアの言葉の後、レナードは首を縦に振って賛成の意を表す。
「確かに最低限の回復道具や装備品などの必需品は必要だな。今私の鞄には体力を回復するグリーンポーションが10個、解毒剤が3個、体の痺れを治す水草の粉が3個入っている。どちらも人数分はあるが、分け合って使った方が効率がいい。さて、明日に備えて早く寝よう。」
セルフィたちは明日の旅に備えるべく、眠りに就くのであった……。