蘇生の章2nd第二十五話 限定解除(リミットカット)

 

 イザヴェルの草原に現れた闇黒竜を討伐するべく、クリスたちはヴァネッサとともにイザヴェルの草原へとやって来た。一行は総力を結集して闇黒竜に戦いを挑んだが、クリスは闇黒竜の巨体に押しつぶされ、力尽きてしまった。クリスの負傷に怒りを感じたリリシアは赤き炎の魔力を解放し、禁断の奥儀である限定解除(リミットカット)を発動し、闇黒竜との戦いに挑むのであった……。

 

 リリシアの体を包む闇の渦が消えた瞬間、手に持った鉄扇が二つの円盤に変化し、体からは常に闇の魔力が溢れ、赤き炎を象徴する紋章が浮かび上がる。

「私の大切な仲間を傷つけたあなただけは許さない……。私の持つ強大な闇の魔力に沈むがいいわっ!!

手に持った二つの円盤に闇の魔力を込めた後、リリシアは魔力のこもった円盤を闇黒竜のほうに放り投げる。魔姫の手から離れた円盤は、巨大な闇の車輪となって闇黒竜に襲いかかる。

「ギシャアアァァッ!!

闇黒竜は尻尾を振り回し、リリシアの放った闇の車輪をはじき返そうとする。放った円盤のうちの一つは弾かれたが、もう片方の円盤が尻尾を捉える。

「ひとつは弾かれたが、もう片方の円盤は尻尾に命中したわ。厄介な尻尾さえ切断できれば、乱舞による近接攻撃も可能になるわ。」

闇黒竜の尻尾に命中した闇の車輪は、回転しながら尻尾を切り刻んでいく。その数秒後、闇の車輪は闇黒竜の尻尾を切断した後、地面に落ちた二つの円盤はリリシアのほうへと戻ってくる。

 「ディンゴ、闇黒竜の尻尾を切断したわよ!!私が奴を引きつけている間に持っていって!!

リリシアの言葉に、ディンゴは少し慌てた表情でこう答える。

「わ…わかったけど、奴の攻撃を一発でも喰らえばいくら魔力を解放したリリシアでもひとたまりもないぞ…。お前が戦闘不能になれば、もう戦力になる人はいないんだぞ!!

「心配しないで…私は大丈夫よ。私の禁断の奥儀の一つである限定解除(リミットカット)の実力、甘く見られては困るわ。己の限界を超えた赤き炎と闇の魔力があれば、必ず倒せるわ!!

二人の会話の後、リリシアは闇黒竜の前へと走っていく。リリシアが闇黒竜を引きつけている間、魔姫の攻撃によって斬り落とされた闇黒竜の尻尾を抱えた瞬間、強烈な重みがディンゴの腕に襲いかかる。

「うっ…なんという重さだ。まるで鉄の塊だ。こいつを抱えて走るのは少し厳しいな…。そうだ、ここは昨日の夜にゲルヒルデが調合してくれた腕力丹と強走丹を飲めば、少しでも奴との距離を離せるかもしれないな…。」

ディンゴは急いで鞄の中から腕力丹と強走丹を取り出し、それを口の中へと放り込む。二つの丸薬を飲み込んだ瞬間、ディンゴの腕力と脚力が飛躍的にアップする。

 「うおぉっ!!これなら軽々と重い物を持てるうえ、少しの間疲れることなく走り続けられそうだ!

ゲルヒルデが調合で生み出した腕力丹は、服用者の腕力を少しの間だけ飛躍的にアップさせ、自分の体重の三倍以内の重い物を持つことが可能となる。強走丹は服用者の脚力を上げるとともに、乳酸の分泌量を低下させる働きを持つ。この作用により、少しの間だけ疲れを感じることなく走ることが可能である。

「ハハハ…剥ぎ取りが楽しみだ。さっさと安全な場所へと移動し素材をいただくとするか!!

ディンゴは嬉しそうな笑みを浮かべながら、闇黒竜の尻尾を抱えながら安全な場所へと移動するのであった……。

 

 ディンゴが安全な場所へと移動している中、リリシアは闇黒竜の攻撃をかわしつつ懐へと潜り込み、二つの円盤を構えて近接攻撃に入る。

「懐に入れば近接攻撃のチャンスだが、攻撃中に空を飛ばれたら厄介ね…。まずは翼を破壊しないといけないわ。ここは空を飛んで背中に乗れさえすれば翼を破壊できそうね。」

闇黒竜の翼を破壊するため、リリシアは六枚の翼を背中に生やして上空へと舞い上がり、闇黒竜の背中へと降り立とうとするが、その気配に気づいた闇黒竜が魔姫のほうへと振り返り、火球を吐き出して撃ち落とそうとする。

「くっ…奴に気付かれてしまったみたいね。これでは上空から背中に移るのは無理みたいね。なんとか隙を見つけて背中に移動しなければ、翼を壊すことは不可能ね……。上空が無理なら、脚部を攻撃して転倒を狙うしかないわ!!

上空からでは無理だと判断したリリシアは二つの円盤を構えたまま闇黒竜の脚部へと移動し、円盤の一つに闇の魔力を注ぎ込む。自らの闇の魔力を円盤に注いだ後、もう片方の円盤には赤き炎の魔力を注ぎ込む。

 「闇の魔力と赤き炎…私の持つ二つの魔力が宿った円盤で、貴様を葬って差し上げますわっ!!

リリシアが円盤を交差させた後、闇黒竜の脚部に乱舞を繰り出す。闇の魔力と赤き炎の目にもとまらぬ斬撃が、左右から闇黒竜の脚部を狙う。

「ギシャァッ……!!

しばらく脚部に攻撃を与えていると、闇黒竜は痛みのあまりその場にうずくまる。その隙にリリシアは闇黒竜の背中に飛び移り、翼の破壊に取り掛かる。

「なんとか背中に飛び乗ることに成功したわ。後は翼を破壊するだけね!!

リリシアは手に持った二つの円盤を両方の翼に突き刺した後、闇の魔力を注ぎ込み闇の車輪に変える。闇の車輪は赤き炎の魔力も加わり、獄炎の車輪と化して闇黒竜の翼を切り裂いていく。

「後は円盤がなんとかやってくれるわ。その間私は術で攻撃して、できるだけ体力を削らなきゃね…。」

翼の破壊を円盤に任せ、リリシアは背中から飛び降り術の詠唱に入る。一方的にリリシアに弄ばれ、闇黒竜は怒りの形相でリリシアのほうへと向かい、魔姫を押しつぶす態勢に入る。

 「やばい…ここは詠唱どころじゃないみたいねっ!!クリスはこれを喰らって戦闘不能に陥ったんだから、クリスの無念を晴らすためにも回避してみせるっ!!

闇黒竜が四足歩行に切り替わろうとする瞬間、リリシアは上空に舞い上がり押しつぶしを回避する。闇黒竜の攻撃をかわした後、リリシアは回転しながら闇黒竜の頭部めがけて急降下を始める。

「喰らいなさい、フレイム・スタンピードッ!!!

足に赤き炎の魔力を集め、リリシアは闇黒竜の頭部を踏みつける。急降下から生まれる遠心力と赤き炎が加わった足技が、闇黒竜の脳天を直撃する。

「ギシャアァァッ!!!

強烈な足技を受けた闇黒竜は眩暈を起こし、痛みのあまりその場に蹲る。リリシアは闇黒竜が動けない隙に、精神を集中させて術の詠唱に入る。

「煉獄より生まれし赤き炎よ…闇の炎の渦となりて対象を焼き尽くせ。闇より生まれし風は渦と化し、あらゆるものを焼き尽くす炎の竜巻とならん…。その身に刻め…赤き炎の力をっ!!パーガトリアル・ストリームッ!!

ひときわ長い詠唱の後、闇黒竜の周りに赤き炎の紋章が浮かび上がる。紋章が浮かび上がった後、赤き煉獄の炎の渦が闇黒竜を取り囲む。

 「いくらリミットカット状態であっても…この術を使うと魔力がかなり消費されるわ…。ここはゲルヒルデが魔力の消費が激しい私のために調合してくれた魔力の結晶を飲んで魔力を回復させなきゃね…。」

魔力をかなり消費したのか、リリシアは少し疲れている様子であった。魔姫は最大術で魔力を回復するべく、胸の谷間に隠しておいた魔力の結晶を口の中へと放り込む。

「激しく消費した私の魔力が、一瞬にして体に戻ってくるわっ!!ゲルヒルデ…調合の腕を上げたわね。」

先ほどリリシアが飲んだ魔力の結晶は、マジックポーションをある手法で濃縮・結晶化させた結晶薬の一種である。口に放り込めば、たちどころにして魔力を大幅に回復することのできる秘薬である。

「よしっ!!魔力も大幅に回復したし、術に赤き炎を込めるとするかっ!!

ゲルヒルデの調合した薬をによって魔力が回復したリリシアは精神を集中させ、煉獄の炎の渦にさらに赤き炎の魔力を送り込む。赤き炎の魔力が送り込まれるにつれ、炎の渦はさらに勢いを増して闇黒竜を焼き尽くす。激しさを増した煉獄の炎の渦によって体を焼かれている闇黒竜は、呻き声をあげながらのたうちまわる。

 「ギシャッ……ギシャァッ!!

その瞬間、闇黒竜の背中から大きな翼が大きな音と共に斬りおとされる。金属のように堅い闇黒竜の翼を切り落とした後、二つの円盤がリリシアのもとへと帰ってくる。

「翼を切り落とした…後は止めをさすだけね。」

そう呟いたあと、リリシアは二つの円盤に赤き炎の魔力を込めた後、それを空中に放り投げる。円盤を空中に放り投げた後、リリシアは闇黒竜の前に立ち手のひらを前に突き出す。

「これで終わりにしてあげるわ……。フレア・インパクトっ!!

その言葉の後、リリシアの手のひらから高密度の赤き炎の熱線が放たれる。熱線が頭部を焦がした後、先ほど投げた二つの円盤からも赤き炎の熱線が放たれ、左右から波状攻撃をしかける。

「赤き炎の魔力の宿りし円盤よ……対象に獄炎の制裁を与えん…イグニッションっ!!

リリシアが詠唱を終えた瞬間、円盤に込められた赤き炎の魔力が大きな爆発を起こす。円盤がリリシアのもとへと戻って来た瞬間、闇黒竜は最後の咆哮をあげてその場に倒れる

「はぁはぁ…やっと倒れてくれたわ……。」

最大の術を放ったリリシアはリミットカットを解除し、元の姿へと戻る。リリシアの戦いを遠くで見ていたヴァネッサは、リリシアの元に駆け寄り激励する。

 

 「す、すごいっ!!凄腕の戦士たちが幾度となく戦いを挑んでも勝てなかったという闇黒竜を、あなたが倒してしまうとは私も驚きですわ!!ディンゴ、奴から素材を剥ぎとるの手伝ってもらえる…?

剥ぎ取りを手伝ってもらえるとうヴァネッサの言葉を聞いたディンゴは、闇黒竜の尻尾を抱えながらヴァネッサのほうへと駆けていく。

「ま、まさか奴を倒したのかっ!ヴァネッサよ、ぜひとも手伝わせていただこう!!

ディンゴの抱えている闇黒竜の尻尾に興味を示したのか、ヴァネッサがディンゴに近づき、尻尾を譲ってもらえるようにと交渉する。

 「あ…あれは闇黒竜の尻尾じゃない。鉄のようなしなやかさと重量を誇る尻尾は、斬り落とすのは至難の業と言われている逸品よ。うまく加工すれば強力な武具が作れそうな気がするわ!!ディンゴ、ぜひともその尻尾を譲ってもらえませんか?強化費用タダにしてあげるからさっ!!

二人が交渉する中、カレニアがその輪の中に割って入る。

「ヴァネッサ、その話ちょっと待って!!奴の尻尾を切り落としたということは、逆鱗を手に入れられそうね。ディンゴ、その尻尾、少し貸してもらえるかしら。」

「いいけど…あいつは闇黒竜の尻尾が欲しいと言っていた。逆鱗は別に必要ないから、剥ぎとってもかまわないぜ…。」

ディンゴから逆鱗は剥ぎとってもよいとの言葉に、カレニアは嬉しそうな表情で尻尾を見定め、尻尾にひとつだけある逆鱗を丁寧にナイフで剥ぎ取ると、それを鞄の中に入れる。

 「闇黒竜の逆鱗、確かに剥ぎ取らせていただきましたわ。ディンゴ、尻尾を返すわ。」

逆鱗をはぎ取った後、カレニアは闇黒竜の尻尾をディンゴに手渡す。ディンゴは闇黒竜の尻尾をヴァネッサに譲ろうかと少し悩んだ末、その交渉に乗ることにした。

「カレニアはアトラの鉱脈でグレイトワイバーンと戦った時も、尻尾から逆鱗を剥ぎとっていたな。なぜあいつはそこまで逆鱗収集にこだわるんだろう……?ヴァネッサ…闇黒竜の尻尾はあなたに譲ろう。そのかわり、俺のボウガンの強化費用はタダにしてくれるんだな。」

ディンゴはヴァネッサに闇黒竜の尻尾を手渡すと、嬉しそうな表情で闇黒竜の尻尾を鞄の中へと放り込む。

「闇黒竜の尻尾、確かに頂戴しました。では約束通りボウガンの強化はタダで行うわ。では私と一緒に素材の剥ぎ取りに入りましょう。闇黒竜の紅玉がでればいいですが、大概は鱗や甲殻といった普通の素材しか剥ぎとれないと思うけどね。」

交渉を終えた後、ディンゴは下半身を、ヴァネッサは上半身の剥ぎ取りに入る。ヴァネッサは鱗や甲殻しか剥ぎとれない中、ディンゴは黒く光輝く鱗を剥ぎとることに成功した。

 「ヴァ…ヴァネッサ!!奴の下半身から黒く輝く鱗を見つけたんだっ!こいつが例の紅玉とかいうものか!?

ディンゴの言葉を聞いたヴァネッサは急いで駆け寄り、先ほど剥ぎとった黒く輝く鱗を見定める。ヴァネッサが鑑定を行った結果、ディンゴの剥ぎ取った黒く輝く鱗は闇黒竜の紅玉だと判明した。

「そうよ。この黒く輝く鱗こそが闇黒竜の紅玉と呼ばれるレア素材よっ!!ディンゴ、あなた凄く運がいいわね。私なんか鱗や甲殻しか剥ぎとれなかったけどね。それより、闇黒竜に押しつぶされたクリスのほうが心配だわ。今長い髪のお嬢さんがクリスを手当しているのですが、まだ意識が戻らなくて……。」

ヴァネッサがそう言ったあと、二人は急いで傷つき倒れたクリスのもとへと駆けていく。

「ゲルヒルデ、クリスの状態はどうだ?

「私の回復の術により、先ほど意識が戻りました。だが足をやられて動けない状態なので、私がクリスを背負って行きますわ。それよりディンちゃん、戦いに戻らないと……。」

ゲルヒルデが瀕死のクリスを背負うと、ディンゴに戦いに戻るようにと告げる。彼女の言葉を聞いたディンゴは、少し笑い混じりでこう答える。

 「はははっ…戦いはもう終わったよ。闇黒竜のほうはリリシアが倒してくれた。禁断の奥儀であるリミットカットを使って、闇黒竜を完膚無きまでに叩きのめしてくれたぜ!!

二人が会話を楽しんでいる中、ヴァネッサは鞄の中からテレパシーストーンを取り出し、イザヴェルの工房の親方と連絡を取る。

「親方様…クリスたちと協力し、闇黒竜を倒しました。あまりにも巨大で運べそうにないので、運搬用のフリゲートの手配をお願いします!!

「ま…まさかあの闇黒竜を倒してしまうとは!?こりゃ報酬金がたくさんもらえそうだな。ヴァネッサ、運搬用フリゲートを発進させるので、仲間とともにしばらくここで待っていてくれ!!

工房の親方との会話を終えたヴァネッサは仲間たちを集め、しばらくここで待機するようにそう言う。

「今親方に運搬用フリゲートを手配するように連絡したわ。後数分したら闇黒竜の死体の回収に来るから、皆さまはしばらく待機していてください…。」

闇黒竜との戦いを終えたクリスたちは運搬用フリゲートが来るまで、しばしの休息を取るのであった。

 

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