蘇生の章2nd第二十話 戦闘力の差

 

 クリスたちが宿で休息をしている中、ヘルヘイムの王宮では戦乙女たちが教官とともに訓練に励んでいた。訓練の参加者たちは一時間の魔術訓練を終えた後、闘技場で強大な魔物と一対一の勝負を行う闘技訓練が始まった。今回の闘技訓練の相手は密林の暴君といわれる非常に凶暴な魔物、ブッシュタイラントであった。数十名の参加者が討伐に挑戦したが、討伐成功に至った者は一人もいなかった。数名が闘技訓練に失敗する中、教官に名を呼ばれたシュヴェルトライテが黒刀を携え、戦いの場へと降り立った。シュヴェルトライテは摺り足でブッシュタイラントの移動し次々と連撃を加えていくが、その大きな腕で締めあげられ、気を失ってしまった……。

 

 ブッシュタイラントの締めあげ攻撃で気を失ったシュヴェルトライテは、闇の中で自分の体に眠る鬼神と出会い、自分のエナジーを練気に変えて体内で循環させることで大いなる力を得る『鬼神化』という能力を与えられた。だがしかし、シュヴェルトライテが鬼神状態でいられるタイムリミットは五分と短く、五分が過ぎる前に解除しなければ体内のエナジーがすべて失われ、分子レベルの速度で彼女の体が消滅してしまうという危険をも孕む奥の手であった。意識を取りもどしたシュヴェルトライテは体内のエナジーを練気に変えて鬼神となり、ブッシュタイラントとの戦いに戻るのであった……。

 

 鬼神状態となったシュヴェルトライテの放つ凄まじいほどの練気の波動に、ブッシュタイラントはただただ怯え、自分の身を守るために腕を振り回す。

「残り時間は四分半…タイムリミットが来る前に奴を葬れるかだ。それを過ぎれば消滅……すなわち命をかけた戦いになるかもしれぬな…。しかし奴は私の練気の波動で怯えている…まさに今が攻撃のチャンスだ!!!

シュヴェルトライテが黒刀を握りしめた瞬間、黒刀が徐々に練気を帯び、闇のオーラが刀身を包み込む。「握りしめた瞬間…刀に練気が注がれていくのを感じる……。これが鬼神の力かっ!!

シュヴェルトライテは黒刀を構え、練気と精神を集中させて刀術を放つ。

 「黒刀より放たれし風の刃よ…鬼神の力をもって対象を切り刻まんっ!!黒死邪刀術…鬼神壱ノ型、鬼神黒風刃ッ!!

黒刀から放たれた黒き風の刃は、鬼の形となってブッシュタイラントの体を突き抜ける。鬼の形となった黒き風の刃が突き抜けた後、ブッシュタイラントは血しぶきをあげながらその場に倒れ、息絶える。

「あの凶暴なブッシュタイラントを一発で葬りさるとは……あれが鬼神の力なのか!?

「シュ…シュヴェルトライテ様が鬼のような姿に……ひいぃっ!!

観客席まで届くその恐ろしいまでの練気に、ヘルムヴィーゲは恐怖のあまりオルトリンデに抱きつく。

「ヘルムヴィーゲが怖がるのも無理はないわ。あれだけおぞましい練気を感じたのは初めてよ……。」

ブッシュタイラントの討伐に成功したシュヴェルトライテは、鬼神状態を解除し元の姿に戻る。鬼神化を解いたあと、シュヴェルトライテはふらふらになりながらも勝利宣言を行う。

「勝った…勝ったぞっ!!教官…討伐記録をっ!!

「シュヴェルトライテよ、絶望の状況をはねのける起死回生の一撃…見事だっ!!貴様の討伐記録は十四分だ。ん…?どうやら貴様は立っているのがやっとのようだな。貴様のために医療班を呼んでおいたから、ここを離れるでないぞ…。」

教官の言葉の後、シュヴェルトライテは駆け付けた医療班によって医療室へと運ばれる。医療班が去った後、魔物使いが倒れたブッシュタイラントを檻の中へと運び、蘇生を行う。

「現在、討伐成功に至ったのはシュヴェルトライテのみだ。さぁ、闘技訓練の再開だ!!貴様らの力、見せてもらうぞっ!!

その言葉の後、数名の参加者の名が教官から呼ばれ闘技訓練が行われたが、ブッシュタイラントの強大な力により、全員が討伐失敗という結果に終わった。

「あーあー…オルトリンデよ、闘技訓練を行うので戦いの場へと向かうのだ!!

教官から名を呼ばれたオルトリンデはヘルムヴィーゲにそう告げた後、戦いの場へと向かう。

 「ヘルムヴィーゲよ、私は名を呼ばれたので今から戦いの場へと向かわねばならん。さすがのシュヴェルトライテでも苦戦を強いられる程の相手だ。勝てるかわからぬが、応援をよろしく頼む…。」

オルトリンデの言葉を聞いたヘルムヴィーゲは、心配そうな表情で戦いの場へ赴くオルトリンデを見送り、応援の言葉をおくる。

「オルトリンデ様…がんばってくださいっ!!

「……無理かもしれないが、やるだけやってみるわ。」

ヘルムヴィーゲにそう告げた後、オルトリンデはレイピアを手に戦いの場へと向かっていく。オルトリンデが戦いの場へと来た瞬間、ブッシュタイラントが檻から放たれ、闘技訓練が始まる。

「一番乗りで討伐に成功したシュヴェルトライテに続けるよう…ここは全力で戦うしかないっ!!

ブッシュタイラントが檻から放たれた瞬間、オルトリンデはレイピアを構えて戦闘態勢に入る。ブッシュタイラントは血走った目でオルトリンデを睨みつけ、咆哮をあげて威嚇する。

「うぐっ…耳を塞がずにはいられんっ!!

観客席まで届く程のブッシュタイラントの咆哮により、オルトリンデは耳を塞ぎその場にうずくまる。咆哮によって動けないオルトリンデの目に、ブッシュタイラントの巨体が徐々に近づいてくる。

 「ブルオオォッ!!ブルオオォッ!!

唸り声をあげながら、ブッシュタイラントは巨大な腕を振り回しながらオルトリンデのほうへと突進する。オルトリンデはすぐさま態勢を立て直して突進の一撃をかわそうとするが、すでに手遅れであった。

「ここまで距離を詰められると、回避行動をとってもぶつかってしまうっ!!ここは回避ではなく、奴の突進を何とか防御するしかないっ!!

オルトリンデは素早く懐から盾を取り出し、突進の一撃を防御すべく防御の態勢に入る。突進の一撃をガードしたオルトリンデはガードの反動で大きく空中へと舞い上がる。

「ガード成功っ!闘技場の壁を利用した三角飛びで、奴との距離を離すっ!!

オルトリンデは空中でレイピアを納刀し、三角飛びの態勢に入る。彼女は闘技場の壁を大きく蹴り、大きく回転しながらブッシュタイラントから離れる。その華麗な行動に、観客席から歓喜の声が上がる。

「す…すごいぜ!!闘技場の壁を利用して三角飛びをしてしまうなんて……!?

「なんて奴だ…あの娘なら、あの強大なブッシュタイラントを屈伏させられるかもしれねぇな……。」

三角飛びでブッシュタイラントから距離を離したオルトリンデは、再びレイピアを構えて

 「なんとか距離を離したのはよいが、このまま武器を構えて近づけば巨大な腕の餌食になってしまうな…。ならばここは素早さを生かした足払いをかけて転倒させた後、連続攻撃を仕掛け一気に仕留めるっ!!

そう心の中で呟いたあと、オルトリンデは目にもとまらぬ素早さでブッシュタイラントの懐に入り足払いをかける。彼女の高い脚力と鉄のグリーヴの重量が加わり、ブッシュタイラントは大きく態勢を崩し、その場に倒れこむ。

「さて、切れ味の鋭い我がレイピアで…貴様を切り刻んでくれるっ!!

オルトリンデはレイピアを鞘から抜刀し、凄まじい速さでブッシュタイラントの体を切り裂いていく。レイピアの切先に触れるだけで皮膚が切れるほどの鋭い斬撃を受け、ブッシュタイラントの体から血しぶきが上がっていく。

「どうだ我が刃は……この鋭い切先に狙われた者は次々とその体を切り裂かれ、自らの血沼に沈む…。貴様は後数秒で、自らの血に沈むだろう……。」

そう呟いてから五秒後、ブッシュタイラントは自らの血の上で息絶える。オルトリンデは手に持ったレイピアの血を布で拭いながら、教官に討伐完了の旨を報告する。

 「討伐完了!!教官……討伐記録をお願いしますっ!!

オルトリンデの言葉に、教官は討伐した時間をオルトリンデに告げる。

「うむ…珍しく貴様がシュヴェルトライテよりも早い時間で討伐に成功してしまうとはな……。討伐記録は9分だ。片手剣の醍醐味である連続攻撃と、闘技場の壁を利用した三角飛び…見事だったぞっ!!オルトリンデよ、観客席に戻るがいい。」

教官の言葉を受け、オルトリンデは観客席へと戻っていく。オルトリンデが討伐成功の時間は、医療室にいるシュヴェルトライテの耳にも聞こえていた。

「9分……か。私の討伐時間よりも早いではないか……オルトリンデよ。だが最後の一人が問題だ。ヘルムヴィーゲは私たちよりも戦闘力は低く、この前観察眼でこっそり調べたところ武器での戦闘力は250、術戦闘力が200と私たちよりも弱い。運よくワータイガーは倒せても、ブッシュタイラントは私があれだけのダメージを負わされたほどの凶暴さだ…勝てる確率は奇跡でも起こらない限り0%といえ…うぐっ!!

シュヴェルトライテが最後にそう言おうとした瞬間、傷が疼きベッドにうずくまっていた。

 

 オルトリンデが闘技訓練を終えた後、数十名の参加者たちがブッシュタイラントへと挑んでいった。しかし、数十名の参加者の中で、討伐成功に至ったのは2人だけであった。

「これまで討伐に成功した者は四人だ。ヘルムヴィーゲよ、戦いの準備を済ませて戦いの場へと向かうのだ!!

自分の名前を呼ばれたヘルムヴィーゲは、不安のあまりその身を震わせる。オルトリンデはそんな彼女の肩を持ち、一言声をかける。

「ど…どうしよう!!私、名前呼ばれちゃった…絶対負けて医療室行きかも……。」

「避けられぬ戦いだが、あきらめない心をもってすればいずれ奇跡は起こせる。負けてもいい、全力で戦えば教官だって認めてくれるはずだ。君のコルセスカは私が砥石で磨いておいた。さぁ、持っていくがいい……。私は少しシュヴェルトライテの見舞いに行ってくるので、早く戦いの場へと向かいたまえ。君の活躍は医療室から応援するので、健闘を祈る……。」

ヘルムヴィーゲにコルセスカを渡したあと、医療室で治療を受けているシュヴェルトライテの見舞いへと向かう。ヘルムヴィーゲがオルトリンデに感謝の言葉を告げた後、闘技訓練を受けるべく戦いの場へと向かっていく。

 「私の武器を磨いてくださってありがとうございます…オルトリンデ様。では私は戦いの場へと向かいますっ!!オルトリンデ様、まだまだ未熟な私ですが、応援してくださいっ!

その言葉に、オルトリンデはヘルムヴィーゲにそう告げたあと観客席を去り、医療室へと向かう。ヘルムヴィーゲが戦いの場に到着した瞬間、檻からブッシュタイラントが解き放たれ、闘技訓練が始まる。

「ブルオオォォッ!!!

ブッシュタイラントはヘルムヴィーゲを見るなり、足で地面を引っ掻き突進の構えを取る。ヘルムヴィーゲは突進を防御するべく、コルセスカを盾にして防御の態勢に入る。

「突進を喰らえば一撃でやられちゃうかもしれないわ。ここは防御の構えを取り、チャンスをうかがうしかないわっ!!

ヘルムヴィーゲは震える手で防御の構えに入った瞬間、ブッシュタイラントはヘルムヴィーゲのほうへと突進する。ヘルムヴィーゲは突進をなんとかガードすることに成功したが、壁際に追い込まれて一気に窮地に立たされる。

「しまった…突進をガードしているうちに壁際に追い込まれちゃったわ!!ここは足の下をくぐり態勢を立て直さな……きゃあっ!!

ヘルムヴィーゲは態勢を立て直すべくブッシュタイラントから離れようとした瞬間、ブッシュタイラントは気配に気づき、巨大な腕を振り上げる。

「や…やばいですわっ!!腕を振り下ろす前に足の下をくぐり、窮地から脱出してみせるっ!!

ヘルムヴィーゲは急いでブッシュタイラントの足の下をくぐり、一気に広い場所へと走り出す。ヘルムヴィーゲが去った後、ブッシュタイラントの大きな腕が振り下ろされる。その一撃は闘技場の壁にひびが入るほどの威力であり、戦闘力の低い彼女が喰らえばひとたまりもないだろう……。

 「ど…どうしよう。ここから先、どう戦えばいいのかしら……?

密林の暴君と呼ばれるブッシュタイラントを相手に、ヘルムヴィーゲはどう立ちまわればいいか混乱していた。1000以上の戦闘力の差を持つブッシュタイラントを前に、はたして彼女に勝機はあるのか……!?

 

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