蘇生の章2nd第十九話 鬼神
アトラの村の鉱脈に巣くうヘルヘイムの魔物を全滅したクリスたちは武具屋へと向かい、店主に依頼完了の旨を伝える。依頼を完遂した報酬として、カレニアの欲しかった炎の属性を宿す紅蓮の盾、クリムゾンシールドを手に入れることに成功した。一行は山越えと戦いでの疲れを癒すべく、村の南にある宿へと向かい、休息を取ることにした。
カレニアがグレイトワイバーンとの戦いで体力と魔力を使い果たしたクリスをベッドに寝かせた後、仲間たちとともに仮眠をとることにした。仲間たちが宿で休息を取っている間、ヘルヘイムの王宮の訓練場では黒き戦乙女たちと参加者たちが教官とともに訓練に励んでいた。
「よし…それでは魔術訓練はここまでだ。十分の休憩の後、次はおなじみの闘技訓練だ。貴様らのこれまでの訓練の成果、見せてもらうぞっ!!」
一時間の魔術訓練を終えた黒き戦乙女たちは、休憩時間の間に武器の手入れなどを行っていた。
「刀でしか闘ったことがないので、魔術の扱いに関してはまだまだのようだ。だが私は魔術ではなく武器での戦いが好きなので黒刀を研ぐとするか……。」
シュヴェルトライテは鞄の中から砥石を取り出すと、それを大きく宙へと放り投げる。シュヴェルトライテは黒刀を天にかかげた瞬間、投げた砥石が黒刀を滑るようにしながら回転する。
「す…すごい。シュヴェルトライテがそんな隠し芸を持っていたとは驚きね。隠し芸はいいけど、本当に切れ味は回復しているのかしら…?」
「心配はいらん。こう見えても刃の部分は研がれているから、切れ味は回復している。オルトリンデよ、君のレイピアも研いでやるから、私によこせ。」
シュヴェルトライテの言葉に、オルトリンデはそう言いながらしぶしぶレイピアを彼女に手渡す。
「……分かった。先に言っておくが、私のレイピアは切れ味が命だから、念入りに頼むぞ。」
念入りに研いでくれとの言葉に、シュヴェルトライテは鞄の中から砥石を取り出しながら答える。
「心配するな。いつもより回転を多く加え、切先部分の切れ味回復を重点的に行う。オルトリンデ…今から始めるからよく見ているのだぞ。」
シュヴェルトライテは指先で回転を加えながら、砥石を大きく宙へと放り投げる。シュヴェルトライテはオルトリンデから手渡されたレイピアを天にかざすと、大きく宙へと舞った砥石が回転しながらレイピアの切先部分を研磨していく。
「おおっ!!レイピアの切っ先が砥石を使うよりも研磨され、今までにない光を放っている…。」
「な…何が起こっているのか私にはわからないですわっ!!」
シュヴェルトライテの意外な隠し芸に、オルトリンデとヘルムヴィーゲは驚きのあまり声を失っていた。シュヴェルトライテは研磨したレイピアをオルトリンデに手渡した後、再び訓練場へと戻っていく、
「研磨完了だ…受け取るがいい。おっと…そろそろ休憩時間が終わるので、訓練場へと戻ったほうがいいぞ。オルトリンデよ、私は先に向かっているぞ…。」
シュヴェルトライテが去った後、オルトリンデはヘルムヴィーゲを連れ、訓練の場へと戻る。教官が全員の点呼を終えた後、闘技訓練の開始の言葉を告げる。
「うむ……これで全員だな。ではこれより闘技訓練を始める。今回は重く強大な一撃と激しい気性を持つ密林の暴君、ブッシュタイラントが貴様らの相手だ!!奴の重い一撃を喰らえばピンチは免れんぞ。奴うの動きを読み、攻撃をかわしつつ動きをよく見極めるのだ。攻撃するチャンスはいくらでもあるぞ!!では戦いの場である闘技場へと向かおう……。」
教官が訓練場の大きな扉を開け、全員を闘技場の中へと案内する。教官は全員を観客席に座るように命じると、教官専用の観戦席へと向かっていく。
「では…いつもどおり観客席に座り、名前を呼ばれた者は戦いの場へと向かうがいい。では貴様らの腕を見せてもらうぞ……。」
教官が観客席を去ってから数分後、最初の挑戦者が戦いの場へと現れた。挑戦者が武器を構えた瞬間、おりの中から巨大な獣の姿がシュヴェルトライテの目に映る。
「あれがブッシュタイラントのようだな……。その巨大な腕で叩きつけられれば大ダメージは必至だな。まずはあの者の戦いを見て、立ち回りを考えるとしよう。」
シュヴェルトライテがそう呟いたあと、最初の挑戦者とブッシュタイラントとの戦いが始まった。挑戦者は武器を構えて勇敢にブッシュタイラントに立ち向かっていったが、巨体からは想像もつかない素早さで挑戦者の攻撃を次々とかわしていく。
「ブルオオオォッ!!!」
その素早さに惑わされたのか、挑戦者の顔に徐々に焦りの色が見え始める。
「くっ……巨体のくせになんて素早さなんだ!!この俺の攻撃がスカスカとかわされやがるっ!!こうなりゃ突っ込むしかないっ!!」
焦りで前が見えなくなった挑戦者は、剣を構えてブッシュタイラントのほうへと突っ込んでいく。ブッシュタイラントは咆哮をあげ、挑戦者を足止めする。
「うぐっ……耳がつぶれてしまうっ!!」
その天を衝く咆哮に、挑戦者は動きを止めて耳をふさぐ。咆哮によって動けない挑戦者の前に、ブッシュタイラントの巨体が眼に映る。
「ブルアァァッ!!!」
挑戦者が振り返ったその瞬間、ブッシュタイラントの巨大な腕の一撃が挑戦者に炸裂する。重い一撃によって殴り飛ばされた挑戦者は壁に激突し、その場に倒れる。
「どうだ…これが密林の暴君と呼ばれるブッシュタイラントの強さだ!その巨体に似合わぬ素早さに惑わされるとスカスカと攻撃をかわされて反撃を喰らうのがオチだ。我輩から貴様らにひとつ勝つためのありがた〜いアドバイスを送ろう。まずは奴の動きをよく見極めることが重要だ。きっと攻撃のチャンスは見えてくるはずだ!!」
教官のアドバイスの後、次々と挑戦者がブッシュタイラントに挑んだが、討伐成功に至った者は一人もいなかった。その様子に、
「挑戦者数が十人を超えているのに、さすがに誰一人成功に至っていない。私の観察眼によれば、奴の戦闘力は1200と、ワータイガーの二倍くらいの強さだ。さすがの私でも勝てるかわからぬな……。」
戦いを静かに見ていたシュヴェルトライテがそう呟いたあと、教官がシュヴェルトライテの名が呼ばれる。
「シュヴェルトライテよ…闘技訓練を行うので戦いの場へと向かうのだ!!」
名を呼ばれたシュヴェルトライテは黒刀を手に、戦いの場へと赴く。オルトリンデとヘルムヴィーゲは心配そうな表情で、戦いの場へと向かうシュヴェルトライテを見送る。
「シュヴェルトライテ様、奴はワータイガーより強い相手ですが、がんばってください!!」
「……負けないで。」
闘技訓練に挑むべく、黒刀を携えたシュヴェルトライテが戦いの場へと現れる。シュヴェルトライテが戦いの場に来た瞬間、檻からブッシュタイラントが放たれ、闘技訓練が始まる。
「貴様がブッシュタイラントか……私の刃で貴様を斬り捨ててくれるっ!!」
シュヴェルトライテが黒刀を抜刀し戦闘態勢に入った瞬間、ブッシュタイラントは血走った眼でシュヴェルトライテを睨みつけ、唸り声をあげながら威嚇する。
「ブルルルッ…ブルオォッ!!」
シュヴェルトライテは摺り足で威嚇中のブッシュタイラントに近づき、素早く練気を溜めるべく勝負に出る。その行動に、観客席で戦いを見ていたヘルムヴィーゲが心配そうな表情でそう呟く。
「シュヴェルトライテ様、近づいたら巨大な腕の餌食になってしまいますわっ!!」
「いや…シュヴェルトライテの足をよく見るんだ。足音が聞こえぬよう、摺り足で奴に近づいているんだ。シュヴェルトライテだからこそ使えるその歩行術なら、音を出さずに近づくことが可能だ。」
オルトリンデがそう言った瞬間、摺り足でブッシュタイラントに近づいたシュヴェルトライテは一気に攻撃を仕掛け、黒刀に練気を溜めていく。
「まずは足に攻撃を仕掛け、転倒を狙うとともに練気を溜めることが重要だ。今回はかなり凶暴な魔物のため、刀に私の練気を注いでいたら逆にやられてしまいかねな……何ぃっ!?」
その言葉の後、足を攻撃するシュヴェルトライテに気づいたブッシュタイラントは、大きな腕でシュヴェルトライテの体を掴み、身動きを封じる。
「ブルアァァッ!!!ブルアァッ!!!」
足を傷めつけられ、怒り状態と化したブッシュタイラントは巨大な腕でシュヴェルトライテの体を締め付ける。シュヴェルトライテは骨が軋むほどの痛みに耐えながら、必死でブッシュタイラントの腕から逃れるべく体を激しく動かす。
「あがあぁぁっ!!その腕を放せ……貴様っ!!」
脱出を図るべく体を動かそうとするシュヴェルトライテであったが、巨大な腕で締め付けられているせいか、体中の練気を一点に集めることができない状態であった。
「ブルアアァァッ!!!」
「うぐぐっ…こんなところで…負けるわけには……っ!!」
ブッシュタイラントの強力な締め付け攻撃に耐えきれず、シュヴェルトライテは気を失ってしまった。ブッシュタイラントは傷つき倒れたシュヴェルトライテを床に押さえつけ、更なる連撃を加えようとしていた……。
「ここはどこだ……私は今まで闘技場で闘技訓練をしていたのだが…?」
気がつけば、そこは闘技場ではなく光も見えぬ真っ暗闇の世界であった。彼女が暗闇の中を見回すと、鬼のような風貌をした何者かがシュヴェルトライテの方を向き、刀を突き付けながら語りかけてくる。
「シュヴェルトライテよ…貴様のことは私が一番知っている。私は貴様の中に眠る鬼神だ。今の貴様は自分の練気を刀に込めるだけしか知らぬおろか者だ。」
「だ…黙れっ!!私はおろか者ではないっ!!」
シュヴェルトライテの信念のこもった目を見た鬼神は、シュヴェルトライテに突きつけた刀を鞘に収め、彼女に手渡したあと、闇の中へと消えていく。
「貴様…いい目をしているな。いいことを教えてやろう、貴様の体に眠るエナジーを練気に変え、貴様の体に循環させるのだ。そうすれば貴様は鬼神の力を手に入れることが可能となる。だが、タイムリミットは五分だ…五分以内に鬼神状態を解除しなければ貴様の体内のエナジーは練気は急速に失われ、命を失うことになるぞ……。」
その言葉の後、暗闇の世界が音もなく消えていった…。
「シュヴェルトライテ、健闘むなしく力尽き……おおっ!?」
教官が討伐失敗のアナウンスを告げようとしたその時、シュヴェルトライテは力を振り絞り立ち上がる。その彼女の様子を見ていたオルトリンデとヘルムヴィーゲは、嬉しさのあまり歓喜の声を上げる。
「あ…あれだけのダメージを受けたのに…立ち上がってこれましたわ!!」
「……シュヴェルトライテがあんな奴に負けるわけがないのよ。ヘルムヴィーゲ。」
シュヴェルトライテは黒刀を拾い上げると、何やら目を閉じて精神を集中させる。精神を集中させた瞬間体から膨大なほどの練気のエネルギーが溢れ出し、シュヴェルトライテの体を包み込む。
「さて…私の本気を見せてやるとするか。新たに手に入れた力…鬼神化でな!!」
その言葉の後、シュヴェルトライテの体が徐々に鬼のような形相へと変化し、鬼神と化す。体から放たれる禍々しいまでの練気に、ブッシュタイラントは攻撃の手を止め、唖然となる。
「ブルッ…ブルォッ!?」
「ほう…あまりの練気に驚きを隠せないようだな……。オルトリンデ…ヘルムヴィーゲ、貴様らにひとつ話しておきたいことがある。私が発動させた鬼神化とは自らのエナジーを練気に変えて変身する禁断の奥の手だ。鬼神状態となれるタイムリミットは五分…五分以内に鬼神状態を解除しなければ…私はエナジーを使い果たし、分子レベルの速度で消滅する。つまり…大いなる力には大きなリスクが必要というわけだ……。」
鬼神と化したシュヴェルトライテは黒刀を手に、ブッシュタイラントとの戦いへと戻るのであった……。