第二十一話 憎悪の暴走
白き王をも上回る魔力を得たブリュンヒルデは破壊と憎悪の女神と化し、六枚の黒き翼で宙へと舞い上がり、リリシアたちに襲い掛かってきた。一行が苦戦する中、ブリュンヒルデはリリシアへの憎悪の力で生み出された全てを消し去る闇の球体を発生させ、リリシアを闇へと葬り去る。リリシアを闇へと葬り去られたことに怒りを感じた仲間たちは、怒涛の猛攻撃を仕掛けてブリュンヒルデにダメージを負わせたものの、ガルフィスが深手を負ってしまった。ガルフィスの治癒を終えたゲルヒルデが戦いの場へと戻ろうとしたその時、何者かの声が心の中に聞こえてきた。天に向けて光の力を放てという何者かの声に言われるがまま、ゲルヒルデが光の魔力を天に放った瞬間、空間に裂け目が現れ、その裂け目から翼を生やしたリリシアが舞い降り、魔姫は戦いの場に復活した。リリシアとゲルヒルデはハクと合体し、竜族となってブリュンヒルデの下へと向かうのであった……。
ハクの力で竜族に変身したリリシアとゲルヒルデは、ブリュンヒルデとの最後の戦いに挑むべく翼を広げ、ブリュンヒルデを迎え撃つ態勢に入る。
「な…何だその姿は……!!しかし…私の敵ではないっ!」
「分からないなら教えてあげるわ。私の仲間の一人であるハクは……白き王と同じ種族である白竜族よ。私とゲルヒルデはハクの力を借り…竜族(ドラグネイル)となったのよ…。その力で…貴様の野望を止めるっ!!」
自信満々なリリシアの言葉に、ブリュンヒルデの表情が怒りにゆがむ。魔界王の杖を二人に突きつけた後、その身に憎悪の炎を纏わせる。
「なるほどね…その姿となって私の野望を止めると言うのね。しかし……最後に笑うのはこの私よっ!!」
怒りの表情を浮かべるブリュンヒルデは、黒き翼を大きく羽ばたかせた瞬間、強烈な混沌の風と共に真空波が巻き起こり、リリシアたちを襲う。
「リリシア様……ここは私にっ!!スケイル・シールドッ!!」
リリシアの前に出たゲルヒルデは真空波を防御すべく、透明な竜の鱗で出来た防壁を形成する。竜の鱗で出来た防壁、真空の刃を次々と弾き返していく。
「こ…こしゃくなマネをっ!!しかし私の憎悪の力の前には……そんな防壁など無に等しいっ!!」
ブリュンヒルデは翼を羽ばたかせるのを止めた瞬間、魔界王の杖に溜まった憎悪の魔力を解放する。杖から放たれた憎悪の魔力は混沌の竜の姿へと形を変え、ゲルヒルデが作り出した防壁へと向かって突進していく。
「ゲルヒルデ…憎悪の塊がこっちに向かってくるわっ!早く攻撃の準備をッ!」
「大丈夫よ…。私の防壁の鱗を少し消費して奴に放てば、かき消せるはずよ…。では早速試してみるわね。」
ゲルヒルデが念じた瞬間、リリシアたちを包む防壁の鱗がはがれ、ブリュンヒルデの放った憎悪の魔力で出来た竜めがけて向かっていく。白い光と共に飛んでいく白き鱗は憎悪の魔力をかき消し、ブリュンヒルデの方へと飛んでいく。
「な…何ぃっ!?私の憎悪の魔力が……かき消されるとはっ!!」
その言葉の後、ブリュンヒルデの足に白き鱗が突き刺さる。
「ぐっ……これしきの攻撃で倒れるわけには行かない……リリシアを…あの忌まわしきリリシアを消し去るまで私は負けるわけにはいかないっ!!魔界も…地上界も全部この私が滅ぼしてあげるわぁっ!!」
忌々しいリリシアを葬り去りたい一心なのか、ブリュンヒルデの体に蓄積されている憎悪の魔力はすでに許容量をオーバーし、どす黒いオーラがブリュンヒルデの体を覆い尽くしていた。
「見て…お姉様のまわりにどす黒い何かが湧き上がっています。あの状態が続けば、憎悪のエネルギーに体を蝕まれ、ただ生きている物全てに憎悪を抱く闇の怪物……邪なる影(ダークネス・シャドウ)と化す寸前ね…。ああなったら力任せに私たちを襲ってくるわ。まぁ、多少魔法は使ってくるから気をつけて戦いましょう……。」
ゲルヒルデがそうリリシアに言った瞬間、ブリュンヒルデは完全に憎悪に蝕まれ、破壊と憎悪の女神から黒き女邪神へとその姿を変えていく。
「許さん……許さんっ!!人間などゴミ…いや、ゴミ以下だぁっ!!すべて…全て殺してやる……魔界と地上界の全ての主要都市を……死都(ミディアン)に変えてやるっ!!!」
憎悪に完全に蝕まれたブリュンヒルデは、呪詛の言葉を撒き散らしながらリリシアたちの方へと向かっていく。リリシアは鉄扇を構え、暴走したブリュンヒルデを迎え撃つ。
「ブリュンヒルデの奴……私への憎悪が抑えきれなくて……暴走しちゃったみたいね。ゲルヒルデ、ここは私が奴を止めるから、私の身に何かあったらサポートをお願いね…。」
リリシアは暴走したブリュンヒルデに攻撃を仕掛けるべく、鉄扇を片手にブリュンヒルデの懐へと移動する。懐に来た瞬間、凄まじい殺気がリリシアの体を包み込む。
「ぐっ…なんて恐ろしく巨大な殺気なのよ…。しかしこんなところで立ち止まってはいられないっ!!」
リリシアは軽くその場で鉄扇を振るい、身を包む込むほどの強大な殺気を振り払ったあと、再びブリュンヒルデの懐へと向かい、鉄扇の一撃を喰らわせる。
「はぁっ!!」
リリシアの鉄扇の一撃を受けたブリュンヒルデは大き後ろへと仰け反ったが、再び態勢を立て直してリリシアの方へと向かっていく。
「リリシア……リリシア……リリシアァッ!!!貴様を殺して私の胃袋の中へと放り込んであげるわっ!!」
リリシアに攻撃されたことで、ブリュンヒルデの憎悪の力がさらに高まり、獣のような牙が生えてくる。その鋭く重い牙に捕われたら最後、引き裂かれ噛み砕かれた後、胃袋へと飲み込まれる無惨な最期が待っている。
「憎悪に蝕まれて……完全に理性を失っているわね。ここは離れて術を……きゃあっ!!」
術を唱えるべく離れようとした瞬間、ブリュンヒルデは猛スピードでリリシアに飛び掛り、身動きを封じる。
「追い詰めたわぁ…リリシアぁ♪この鋭い爪で貴様を切り裂いて…血祭りに上げてやる…キャハハハハハッ!!」
狂気じみた笑みを浮かべながら、ブリュンヒルデは鋭い爪をリリシアの喉下に突きつける。
(くっ……この状況を切り抜ける方法を探さなければ…私はここで殺されてしまうっ!!しかし…ここで負ければ…魔界とフェルスティアがっ……!?)
「キャハハハハハッ!!これで最期よリリシアァーーーーッ!!」
その言葉の後、ブリュンヒルデの鋭い爪がリリシアの首へと襲い掛かる。ブリュンヒルデがリリシアの首を切り裂こうとした瞬間ガキィンッ――という音とともにブリュンヒルデの鋭い爪が折れる。
「な…なぜだっ!!私の爪は確実に首を捕らえていたはず……。」
確かに、ブリュンヒルデの爪はリリシアの首を捕らえていた。しかし魔姫はブリュンヒルデの爪が首下に来る瞬間、白竜族が持つ肉質硬化を発動させ、身を守っていたのだ。
「分からないなら教えてあげるわ……。竜族となった私は、白き王と同じ能力である肉質硬化を使えるのよ…。さて、ここから反撃開始よ!!」
態勢を立て直した後、リリシアは鉄扇を構えてブリュンヒルデの方へと走っていく。一方ブリュンヒルデは少し理性を取り戻したのか、長く伸びた牙と爪が徐々に戻っていったが、どす黒い憎悪のオーラが彼女を覆っていた。
「死に損ないめ…。次こそ貴様の存在を消してやる…消してやるぅっ!!!」
その言葉の後、ブリュンヒルデの体から憎悪の波動が放たれる。ブリュンヒルデの放った憎悪の波動を相殺すべく、ゲルヒルデがリリシアの前に立ち、詠唱を始める。
「私の中に眠る光よ……迸る波動となりて闇をかき消さんっ!シャイン・ウェイブっ!!」
詠唱を終えた瞬間、ゲルヒルデの体から溢れるばかりの光が波動となり、ブリュンヒルデの放った憎悪の波動をかき消していく。憎悪の波動をかき消した後、光の波動は勢いを増しブリュンヒルデへと向かっていく。
「やっ…やめろっ!!光は嫌いだ…こっちに来るなっ!!」
徐々に迫り来る光の波動から逃げるべく、ブリュンヒルデは六枚の翼を羽ばたかせて上空へ舞い上がる。その様子を物陰から見ていたディンゴは、空中で閃光を放つ弾丸である閃光弾をボウガンに装填させ、攻撃のチャンスを伺っていた。
「ちっ……ブリュンヒルデの奴め、翼で上空へと舞い上がったか…。ここは俺の出る幕ではないが、助太刀させてもらうとするか…。」
スコープを覗き込み、物陰からブリュンヒルデに照準を合わせる。ディンゴは自分の持つ風の魔力をボウガンに注入する。
「やれるな……紫炎弩!!あの女の眼前に一筋の閃光を…お見舞いしてやれっ!!」
ディンゴが気合と共にボウガンの引き金を引いた瞬間、装填された閃光弾が風の魔力とともに発射口から打ち出される。打ち出された弾丸は風の魔力によって勢いを増し、上空を舞うブリュンヒルデの眼前で炸裂する。
「くそぉっ…強い光で目が…目がぁっ!!」
ディンゴの放った閃光弾の奇襲攻撃で目が眩んだブリュンヒルデは空中で大きく態勢を崩し、そのまま地面へと堕ちていく。閃光弾を放った後、ディンゴはボウガンを収めて物陰から姿を現しリリシアに向かって叫ぶ。
「リリシアっ…奴の目が眩んでいるうちに攻撃を仕掛けろっ!!」
「ありがとうディンゴ!あなたのおかげで奴に止めを刺すことができるわ。ゲルヒルデ…私とあなたの最大術をぶつけて、とどめの一撃を放つわよ…。」
ブリュンヒルデが両目を抱えて蹲っている隙に、リリシアとゲルヒルデは最大術を放つべく、同時に詠唱を始める。
「輝ける無数の光よ……今こそその力を解き放たんっ!!シャイニング・ブラスティアッ!」
「深淵なる闇の力よ……混沌の闇となりてすべてを飲み込まんっ!!ダークマターッ!!」
二人が詠唱を終えた瞬間、リリシアの闇の魔力とゲルヒルデの光の魔力がぶつかり合い、光と闇という相反する魔力が反作用を起こし、無の魔力が生まれ凄まじい爆発が巻き起こる。
「やめろ……光は嫌いだ…嫌いだ…嫌いだぁーーーーーっ!!」
ブリュンヒルデの断末魔の言葉の後、無の魔力が暴走し、塔全体が崩落を始めた……。
無の魔力の暴走の後、リリシアが瓦礫を払いのけて外へと現れる。
「ふぅ……戦いには勝ったが、仲間たちが生き埋めになってしまったわ。早く仲間たちを助け出さないと…。」
「その必要は無い…私が仲間たちを助けておいた。さて、戦いも終わったことだし、フリゲートに戻ろう。イレーナとルシーネも首を長くして私たちの帰りを待っているからな。」
リリシアたちは魔界に帰るべくフリゲートに戻ろうとした瞬間、魔瓦礫の中から何者かの声が聞こえてくるのを感じた魔姫は、瓦礫を払いのけるとそこには先ほどの戦いで傷つき倒れたブリュンヒルデの姿がそこにあった。
「許せリリシア……貴様から魔王の座を奪おうとした私が…愚かだった……。そうだ、我が妹君であるゲルヒルデはどこにいる…死ぬ前に是非とも話しておきたいことがあるから…呼んできてくれないか?」
ブリュンヒルデがゲルヒルデを連れて来るようにそう言うと、リリシアはゲルヒルデにそのことを伝え、ブリュンヒルデの下へと急ぐ。
「お…お姉様っ!!生きていて良かった…。」
「ゲルヒルデよ…私の妹である君には悪い事をした。妹に手を掛けようとしたこんな姉でも許してくれるか……。」
ブリュンヒルデの言葉に、ゲルヒルデは目に涙を浮かべながらブリュンヒルデの体を抱きしめる。
「お姉様……一緒に…ぐすっ……一緒に魔界に帰ろう…。」
「ええ…一緒に帰り……ぐっ…ぐおおおおおぉっ!!!」
ゲルヒルデがブリュンヒルデを抱えようとした瞬間、体の中に眠る憎悪の力が目覚め始める。リリシアは鉄扇を構え、再び憎悪の暴走を始めるブリュンヒルデを迎え撃つ態勢に入る。
「そ…そんなっ!!私とゲルヒルデの最大術をぶつけてもなお憎悪の魔力が消えていないとは…ここは私に任せてっ!!」
リリシアがブリュンヒルデと戦っている間、ハクはかつてメディスが白き王を封じたといわれる神龍剣【白雪】をゲルヒルデに手渡し、そう言う。
「君のお姉様の心はもう白き王の持つ強大な竜の力に支配されてしまっている。さぁ、この剣で君のお姉様を苦しみから解放してやってくれ……。」
「わかったわ。お姉様はもう…二度と優しかったお姉様には戻ってはくれないみたいね……しかし私は、お姉様が悪に染まっていても…苦しむ姿なんて見ていられないっ!!」
意を決したゲルヒルデは、神龍剣を手にブリュンヒルデの懐へと向かい、彼女の心臓めがけて剣を突き刺す。神龍剣が突き刺された瞬間、ブリュンヒルデの体から発せられる憎悪の魔力が消えていく。
「リ…リリシアっ!!貴様はここで殺してや……ぐふっ!!」
神龍剣の一刺しを喰らったブリュンヒルデは、その場に倒れ息絶えた。ゲルヒルデの突然の行動に、リリシアは驚いた表情でゲルヒルデのほうを見る。
「ま…まさかあなたが手を下すとは……驚いたわ。」
リリシアの問いかけに、ゲルヒルデが重い口を開く。
「リリシア様……それでよかったの。お姉様をこれ以上憎悪の魔力で苦しませたくなかった……。だから…苦しみから解放させてあげたかったの。」
ゲルヒルデの言葉の後、リリシアはゲルヒルデを抱きしめ、介抱する。
「あなたは…姉であるブリュンヒルデがいなくても立派にやっていけるわ……。さぁ、そろそろフリゲートへと戻りま……きゃあっ!!」
リリシアが慰めの言葉を口にした瞬間、浮遊大陸が徐々に崩壊を始めていく。リリシアたちは急いでフリゲートを停泊させた場所へと戻り、フリゲートへと乗り込む。
「よし、これで全員だな…。イレーナ、ルシーネ…そろそろ発進の準備をっ!!」
リリシアたち全員がフリゲートに乗り込んだことを確認すると、ガルフィスはフリゲートを発進させるべく、イレーナとルシーネに指示を出す。
「ガルフィス様…発進準備完了です。ルシーネ、エンジンを作動させてっ!!」
「わかったわイレーナ!!エンジン出力50%…100%…150%……ブースター・イグニッションッ!!」
二人の掛け声の後、フリゲートが轟音と共に発進を始める。フリゲートは魔界へと戻るべく、空間の裂け目があった場所へと進行する。
「魔界へ続く空間の裂け目を見つけました。ガルフィス様…指示をお願いします。」
「了解した。イレーナよ、エンジンを出力を最大にまで上げ、一気に裂け目の方へと突っ込むぞっ!!」
ガルフィスの指示を受けたイレーナは、エンジンの出力を最大に上げ始める。
「エンジン出力…200%……255%……ブースター・リミットオーバー!!」
イレーナはエンジンの出力を最大まで上げた瞬間、フリゲートは猛スピードで裂け目の方へと突っ込んでいく。フリゲートは無事に空間の裂け目を通過し、魔界へと戻ることに成功した。
「うわぁ……すごい揺れだったわ。お姉さん天井に頭をぶつけちゃったわ……。」
「脳が…脳がものすごく揺れて気持ち悪いぜ……。」
フリゲートが魔界へと帰還した瞬間、異次元の狭間へと続く空間の裂け目が消えていく。空間の裂け目を通過する際の衝撃で、ディンゴは乗り物酔いを起こし、ゲルヒルデは天井に頭をぶつけてしまった。
「ふぅ…いろいろあったが。これで私たちの目的達成だな。さて、フリゲートの燃料がそろそろ尽きそうだ…。二人とも、着陸の準備をっ!!」
ガルフィスから着陸の指示を受けたイレーナとルシーネは、フリゲートを王宮の格納庫に停泊させるべく、エンジンの出力を50%まで下げ、低空飛行の態勢を取る。
「ルーズ・ケープ王宮の格納庫に到着。これより着陸します。」
ルシーネの声の後、フリゲートはゆっくりと格納庫へと降下し、着地する。一行はフリゲートから降りた瞬間、ガルフィスがリリシアたちにそう言う。
「みんな……お疲れ様。君たちのおかげで、この魔界は救われた。皆の者、戦いの連続で疲れが溜まっただろうし、今日はゆっくり休むが良い。」
ガルフィスのその言葉の後、リリシアたちは長き戦いの疲れを癒すべく、王宮へと戻っていく。白き王、そしてブリュンヒルデとの長き戦いが幕を下ろし、魔界に平和が訪れる……。