第十二話 囚われのゲルヒルデ
ブリュンヒルデによって野に放たれたアバランチ・トータスを倒すべく、リリシアたちは雪崩亀と戦う王宮兵団たちを援護すべく、エステイシアの戦闘街へと向かった。王宮兵団のリーダーの金騎士の助けもあり、雪崩亀に大きなダメージを負わせ、撃退に成功した。雪崩亀との戦いを終えた一行は王宮兵団とともに、先ほどの戦いで失った体力を回復するため戦闘街の外へと逃げた雪崩亀を追うべくルーズ・ケープへと続く森の中へと足を踏み入れるのであった……。
雪崩亀の撃退に成功したリリシアたちは、逃げた雪崩亀を追うべく金騎士率いる王宮兵団とともに王宮へと続く森の中へと足を踏み入れた。森の中に入った瞬間、強烈な寒さが襲いかかってきた。
「雪崩亀がこの森を通ったせいで、ここ一帯が寒冷地帯と化してしまった。どうやらこの先に雪崩亀がいるはずだ。あれだけダメージを与えれば、回復させるためにどこかで休んでいるだろう……。」
「確かに…金騎士殿の言葉は正しいな。しかし私には奴が何処にいるかは分からない。ルシーネよ、森の中へと逃げた雪崩亀の気配を感じ取ってくれ。」
ガルフィスの命を受けたルシーネは、目を閉じて精神を集中させる。するとルシーネの尖った耳がピクリと動き、雪崩亀の動向を感じ取る。
「あの魔物はルーズ・ケープの方に向かっています。雪崩亀は今は体力の回復のため、森の出口付近で休息をとっています。起きる前に急ぎましょう!!」
雪崩亀の動向を把握した一行は、雪崩亀を追うべく森の奥へと向かっていく。森の出口付近へとやってきた一行の目に、体力を回復するため睡眠をとる雪崩亀の姿があった。
「奴は今眠っている。ここは私が一撃を浴びせる!!お前たちは私の攻撃の後、ついて参れっ!!」
王宮兵団たちに命令を下した後、銀剣を構えた金騎士は気配を殺しながらで雪崩亀の近くまで移動する。忍び足で雪崩亀の近くまで来た金騎士は、銀剣に力を込めて必殺の一撃を放つ。
「我が銀剣に秘められた炎よ、巨大な銀の炎剣となりて悪を打ち砕かんっ!」
金騎士がそう呟いた瞬間、銀剣シルヴァルティアが銀の炎を纏い、巨大な銀の炎剣と化した。金騎士が剣を振り上げた瞬間、身を切るような冷気がかき消される。
「これが銀剣の本来の力……これほどまでに荒れ狂う炎を刀身に宿していたのか…。」
銀色の剣の本来の力にガルフィスが圧倒される中、金騎士は振り上げた銀剣を力を込めて雪崩亀に振り下ろした。振り下ろされた炎の刃は雪崩亀の甲羅を切り裂き、体の内側に致命的なダメージを与える。
「ゴオオオッ!!ゴオオオオオォッ!!」
睡眠中に不意打ちを受けた雪崩亀は、何が起こったのか分からず混乱していた。金騎士が攻撃した後、王宮兵士たちが武器を構えて雪崩亀のほうへと向かっていく。
「奇襲攻撃で奴は混乱している!!一気に畳み掛けるぞっ!」
「奴は戦闘町での戦いで傷ついているが、最後まで気をぬくでないぞっ!!」
金騎士の一撃で大きなダメージを受けた雪崩亀の甲羅は、所々が陥没し弱点が剥き出しになっていた。王宮兵士たちは弱点を狙い、一気に畳み掛ける作戦に出る。
「金騎士様、私たちも援護します!!」
王宮兵士たちを援護すべく、リリシアたちは戦闘態勢に入る。王宮兵士たちから集中攻撃を受けている雪崩亀は、足を引きずり王宮のほうへと逃げようとする。
「逃がすかっ!!ここで止めを刺さないと、また被害が出てしまうっ!!」
ディンゴはボウガンを構え、逃げようとする雪崩亀に狙いを定める。ディンゴは服のポケットから冷気を持つ魔物に大きなダメージを与える弾丸である火炎弾を取り出し、ボウガンに装填する。
「冷気を纏う魔物にはこの弾丸を食らわせてやるぜっ!!」
ディンゴが引き金を引いた瞬間、火炎弾は一筋の炎の矢となって放たれた。弾丸が雪崩亀の皮膚に突き刺さった瞬間、弾丸から炎が噴き出し、雪崩亀を焦がす。
「ゴオオッ!!!ゴオォッ!」
火炎弾から噴き出る炎に体を焼かれる雪崩亀は、呻き声を上げながらのたうちまわる。突き刺さった火炎弾はしばらく炎を撒き散らしながら燃え続けた後、小爆発とともにはじけ飛ぶ。
「やった!!雪崩亀を仕留めたぞっ!」
ディンゴの放った火炎弾がとどめの一撃となり、雪崩亀の巨体が大きな音と共にその場に崩れ落ちる。
「雪崩亀が倒れた。さぁ、先を進もう。こうしている間にも敵の魔の手がいつ襲ってくるかはわからないからな……。」
金騎士と王宮兵団が王宮へと向かおうとしたその時、リリシアたちは息絶えた雪崩亀の甲羅の穴から何者かの気配を感じ、足を止める。
「甲羅の穴から何者かの気配を感じます。攻撃の態勢にはい……ええっ!?」
甲羅の穴から、人間の手がリリシアたちの目に映る。
「ぷはぁっ!!久しぶりの外の空気だ…。確か俺は白竜族の戦士で、白き王を倒すために勇者メディス様とともに旅をしていたのだが、うっかり雪崩亀の甲羅の穴に落っこちてからの記憶が思いだせん……。雪崩亀の甲羅から脱出できたのはいいが、ところで君たちは一体誰なんだ?」
甲羅の穴から出てきたのは、なんと白竜族の男であった。どうやら彼は雪崩亀の甲羅の穴の中に落ちてしまい、冬眠状態となっていたのだ。
「あなた、白き王の事を知っているのね!私たちも白き王を倒すためにルーズ・ケープの王宮に向かうところですわ。自己紹介が遅れたわ。私の名はリリシアと申します。私たちと一緒に白き王を倒しましょう!」
「リ…リリシア殿よ、私の名はハクと申す…。私は白き竜の血を受け継ぐ白竜族だ。メディスたちとは生き別れたが、君たちと白き王を倒すため、王宮に向かおうぞっ!!」
白竜族のハクを仲間に加えたリリシアたちは、王宮の宮下町のほうへと歩き出す。リリシアたちが宮下町に一歩足を踏み入れた瞬間、ゲルヒルデの悲鳴が町の中にこだまする。
「きゃあああぁっ!!助けてディンちゃんっ!!」
その悲鳴に振り向いた瞬間、大きな爪でゲルヒルデを鷲づかみにする巨大な翼竜がリリシアたちの目に映る。ゲルヒルデを鷲づかみにしている翼竜は翼を羽ばたかせ、上空へと舞い上がっていく。
「待っててくれゲルヒルデっ!!俺が今助けてやるからなっ!!」
「待ってディンゴ…ここは私に任せてっ!!」
リリシアは背中に翼を生やすと、ゲルヒルデを掴みながら空を飛ぶ翼竜のほうへと向かっていく。リリシアは翼竜に攻撃を仕掛けるべく、魔力を解放する。
「小娘め…魔力を放つとこの娘がどうなるか分かっているのかっ!!」
リリシアが魔力を解放した瞬間、翼竜はゲルヒルデを盾にし、リリシアのほうへと突き出す。その様子をみたリリシアは術を放つ態勢を解除する。
「私はどうなっても構いません!!リリシア様、早く術をっ!」
「何言ってるのよっ!あなたを犠牲に出来るわけ無いでしょっ!!だから…今から私があなたを助けてあげるわっ!!」
翼を羽ばたかせ、ゲルヒルデの近くへと近づいていく。しかし翼竜は激しく翼を羽ばたかせて空気の壁を作り、リリシアを足止めする。
「くっ……この風圧では動けないわっ!!ディンゴ、援護をお願いっ!!」
リリシアの声を聞いたディンゴは、リリシアを援護すべく手のひらに風の力を集めはじめる。
「俺の風の力があれば、奴の風圧を相殺できそうだ!!風翔銃(ウインド・ブレット)!!」
雄叫びと共に、ディンゴの手のひらに纏った風のエネルギーが風の弾丸となって翼竜めがけて飛んでいく。ディンゴの放った風の弾丸は翼竜の風圧を相殺し、翼に命中する。
「こ…こしゃくなマネをっ!!」
「翼竜が怯んだわ。ゲルヒルデ、私の手を握って!!」
翼竜が怯んでいる隙に、リリシアはゲルヒルデのほうへと手を伸ばす。ゲルヒルデはリリシアが差し伸べた手に手を伸ばし、リリシアの手を握る。
「ゲルヒルデっ!!今から助けてあげるから、しっかり私の手を握っているのよ。」
ゲルヒルデを助けるべく、リリシアが翼竜の爪に手をかけた瞬間、翼竜が怯み状態から回復し、リリシアのほうを向き、血走った目でリリシアを睨み付ける。
「くそっ……地上からの奇襲とはなかなかやるようだな…。だが、そんなものでは私は倒せんぞっ!!」
怯み状態から回復した翼竜は口を開け、大きく息を吸い込み始める。口いっぱいに空気を吸い込んだ後、翼竜は強烈な風のブレスを吐く態勢に入る。
「フッフッフ……我が一撃で吹き飛べっ!!風翔真空波(ウインド・バースト)!!」
翼竜が口に溜め込んだ息を吐きだした瞬間、強烈な空気の波紋の後、強烈な風が吹き荒れる。巻き起こされる強烈な風が、空中にいるリリシアを襲う。
「ゲルヒルデ…しっかり私の手を握っているのよ。しっかり握っていないと飛ばされ…きゃああっ!!」
「リ…リリシア様ああぁぁっ!!」
勢いを増した強烈な風がリリシアの体を通り過ぎた瞬間、風圧に耐え切れず、ゲルヒルデの手を握っていた手を放してしまった。
「フハハハハハッ!!ブリュンヒルデ様に差し出せば……いい奴隷として働いてくれそうだ!!」
翼竜は翼を広げ、王宮のほうへと滑空していく。鷲づかみにされているゲルヒルデはディンゴの名を叫びながら、必死で助けを求める。
「助けてっ……ディンちゃんっ!!ディンちゃあああぁぁんっ!!」
その悲鳴の後、翼竜は王宮のほうへと姿を消した……。
リリシアたちの前に突如現れた翼竜によってゲルヒルデが連れ去られた事実に、ディンゴは涙を流しながら自分の弱さを悔やんでいた。
「ちくしょうっ!!俺がもっと強かったらゲルヒルデは……ゲルヒルデは助かっていたんだぁっ!!」
握りこぶしを地面に叩きつけながら、ディンゴは怒りを露にする。リリシアはディンゴの肩に手を当て、慰める。
「ディンゴ……王宮に行きましょう。ゲルヒルデはきっと王宮の牢獄に囚われているかもしれないわ。彼女を救うために、私もがんばるから……。」
「うるさいっ!!お前に俺の気持ちなんて分かるものか……。お前に大切な人を目の前で奪われた俺の気分が分かるかぁ!?」
リリシアに怒りをぶつけるディンゴに、リリシアはこう言葉を返す。
「ええ…。大切な物を失ったあなたの気持ちは分かるわ。でも……今助けなければゲルヒルデがひどい目にあうかも知れないのよっ!!だから、今は王宮に向かい、ゲルヒルデを助けに行きましょう…。」
その言葉に嫌気が差したのか、ディンゴはリリシアにさらに怒りの言葉をぶつける。
「そのお前の慰めの言葉が……いちいち癇に障るんだよぉっ!!今の俺がお前のその顔を見ていると…手が出そうでたまらないんだよぉっ!!」
一方的に怒りをぶつけてくるディンゴに怒りを感じたリリシアは、ディンゴの頬に平手打ちを食らわせた後、王宮のほうへと向かっていく。
「じゃあ……ここで腑抜けていなさい…。私も今のあなたを見ていると、手が出そうでたまらないわ。みんな、あんな独りよがりな奴は放っておいて、王宮に向かうわよ…。」
ゲルヒルデがさらわれたことにより無気力となったディンゴを置き去りにし、リリシアたちは王宮のほうへと向かっていく。王宮へと足を踏み入れる前に、ガルフィスが仲間たちを集め、これからの作戦を考えていた。
「王宮に突入する前に、隊を二つに分けよう。リリシアとハクのチームはゲルヒルデの救出。それから私と金騎士とダークエルフの娘たちのチームは王宮内の魔物討伐だ。目的を達成したら、王宮の大庭園で合流しよう。では作戦開始だっ!!」
ガルフィスがそう言った後、それぞれはチームを組み、王宮の中へと向かっていく。リリシアとハクが王宮の中に入ろうとした瞬間、ディンゴが慌てて駆け寄ってくる。
「リリシア…あの時は感情に走ってしまってすまなかった。だから俺も一緒に戦わせてくれっ!!ゲルヒルデを……ゲルヒルデを助けたいんだっ……!!」
涙ながらに懇願するディンゴの様子を見たリリシアは、感心した様子でディンゴの肩に手を掛ける。
「私もあの時言い過ぎたわ…さっきの言葉は撤回するわ。さぁ、一緒にゲルヒルデの救出に向かいましょう、ディンゴ!!」
「お前の平手打ちを喰らったおかげで目が覚めた……ここで立ち止まっていられないからな…。リリシア……俺に力を貸してくれっ!!」
ディンゴの力を言葉に、リリシアはディンゴの手を引っ張り王宮の中へと急ぐ。
「そうと決まれば、さっさとゲルヒルデを救出するために王宮の牢獄に向かうわよっ!」
「痛てて…そんなに強く引っ張ると腕が取れちまうっ!!リリシアよ、手を放してくれ……。」
ゲルヒルデを救出するため、リリシアたちは王宮の牢獄へと急ぐのであった……。
時を同じくして、ゲルヒルデを捕らえた翼竜が王宮のテラスに降り立った。その気配に気がついたブリュンヒルデは、翼竜のところへと駆け寄る。
「ブリュンヒルデ様……望みのものをつれてきてまいりました。この小娘をどうしますか…?」
「そうね……その娘は私の妹のゲルヒルデよ。牢獄に入れて魔物たちの奉仕係として働いてもらうわ。兵士たちよ、この娘を牢獄に入れてさしあげなさいっ!!」
ブリュンヒルデの命を受けた兵士たちがゲルヒルデを取り囲むと、兵士たちがゲルヒルデの手を引っ張り、王宮の牢獄へと連れて行く。ゲルヒルデは逃走を図るべく、兵士たちの手を振り払おうとする。
「今のあなたは昔の優しかったお姉様じゃないっ!!今ならまだ戻れるから………うぐっ。」
そのさきの言葉を言おうとした瞬間、ゲルヒルデはその場に倒れる。どうやら兵士のひとりが眠り薬を仕込んだ麻酔針をゲルヒルデの体に刺していたのだ。
「ゲルヒルデ……これが本当の私よ。もう昔の優しい姉ではないわ……。ゲルヒルデにはお仕置きしないとね…うふふっ。」
兵士たちは眠っているゲルヒルデを抱え、王宮の地下牢獄へと向かっていく。兵士たちが去った後、白き王がブリュンヒルデの前に現れる。
「ブリュンヒルデよ、妹君にまで手をかけたか……。君の狡猾さは私を超えるほどだな…。」
「白き王様、我が妹であるゲルヒルデは捕らえたわ。後は忌々しいリリシアをこの手で捕らえるだけよ。あの二人を捕らえ、自ら快楽を求める惨めな性奴隷に変えてやるっ!!」
リリシアに対する怒りの炎を燃やしながら、ブリュンヒルデは牢に捕らえたゲルヒルデの様子を見るべく、牢獄へと向かって行った。ブリュンヒルデの放った翼竜にさらわれ、王宮の牢獄に囚われたゲルヒルデの運命は!?