第十一話 エステイシア防衛戦
ジークリンデとの戦いで魔力をかなり消耗したリリシアを休ませるべく、一行はエステイシアの町で一晩の休息をとる事にした。リリシアたちが寝静まった頃、ガルフィスの持つ魔導発信機から一通の兵士の連絡があった。ブリュンヒルデによってルーズ・ケープの王宮から野に放たれた巨大な雪崩亀であるアバランチ・トータスが、エステイシアに近づいているという知らせであった。ガルフィスはエステイシアの戦闘街に兵士に集めるようにそう言うと、眠っているリリシアたちを起こすと、エステイシアの街を防衛すべく戦闘街へと向かうのであった……。
その頃ガルフィスの命を受け王宮から駆けつけた兵士たちは、戦闘街へと続く大きな門を開けて中へと突入する。兵士たちが門をあけた瞬間、冷たい空気が兵士たちを襲った。
「ううっ!!なんだこの寒さは……。」
「アバランチ・トータスがもうすでに戦闘街へと近づいて来ておる。戦闘町への中心には巨大な魔物と戦うための数多くの武器が用意されているので、それを使ってできるだけ奴にダメージを与えるのだっ!!」戦闘町の中心へと向かう道中の途中で王宮兵士たちはエステイシアの兵団と合流し、戦闘街の中心へやってきた。兵団長の命を受けた兵士たちは武器を構え、雪崩亀のほうへと向かっていく。
「エステイシアの兵団が救援に来てくれたようだな……。皆の者、街の防衛に全力を尽くすのだっ!」
ガルフィスが戦闘街へと来るまでの間、王宮兵士たちは雪崩亀を足止めする作戦に出た。一方武器を構えた兵士たちが来ているということを知らない雪崩亀は、ただ呆然と前を見つめていた。
「まだ奴は気付いていない!!今が攻撃のチャンスだっ!!」
雪崩亀がまだこちらに気付いていない隙に、兵士たちは雪崩亀の足に奇襲攻撃を仕掛ける。しかし王宮兵士の持つ剣では雪崩亀の皮膚に傷一つ付けることができない。兵士たちが苦戦する中、銀色に輝く大きな剣を携えた金色の髪の騎士が兵士たちを掻き分けながら現れる。
「下がってくださいっ!!奴の皮膚は高級な鉱石のような堅牢さを誇っています。肉質軟化の術を唱えなければ、並の武器では歯が立ちません。ここは私が何とかしてあげましょうっ!!」
金色の髪の騎士は銀の大剣を振り上げ、力いっぱい雪崩亀の足に振り下ろす。銀色の斬撃が雪崩亀の足に直撃した瞬間、雪崩亀の堅牢な皮膚が徐々に軟化していく。
「あの銀色の剣、斬れ味が鋭い上に守備力を下げる能力まで持っているとは……皆の者、一気に奴の足を攻撃するぞっ!!」
「みんな、今は攻撃してはいけないっ!!一旦奴から離れるんだっ!!」
銀色の斬撃を受けた痛みで気がついたのか、雪崩亀は兵士たちの気配に気がついたようだ。金色の髪の騎士は兵士たちに離れるように命じた瞬間、雪崩亀は冷気を纏い始める。
「離れていて正解だった。雪崩亀の異名を持つアバランチ・トータスは怒り状態になれば、その身に冷気を纏うようになる。その冷気に触れた者は一瞬にして体全体が凍りついてしまう。おっと…ガルフィス様からの連絡だ……。皆の者、少し待っていてくれ。」
魔導発信機を手に持ちながら、金色の騎士は雪崩亀に見つからない場所へと移動し、通信を開始する。
「こちら金騎士……応答をお願いしますっ!!」
「こちらガルフィスだ。今私はリリシアたちと共に戦闘街に到着した。今からこちらに向かう。」
ガルフィスの言葉の後、金騎士が近況を報告する。
「バリスタや大砲といった遠隔攻撃用の道具は、エステイシアの兵団が緊急時のためにあらかじめ用意しています。使い方は私たちには知らないので、使い方を知っているエステイシアの兵団が援護してくれるとのことです。ガルフィス様、急いで援護をお願いしますっ!!」
金騎士の言葉の後、リリシアたちが戦闘街の中心へとやってきた。ガルフィスが手を挙げた瞬間、それに答えるかのように金騎士は手を挙げ、合図をする。
「金騎士よ、援護に来たぞっ!!」
ガルフィスがそう言った後、リリシアたちは雪崩亀を迎え撃つ態勢に入り、急ぎ足で雪崩亀のほうへと向かっていく。
「さぁ行くわよみんなっ!!雪崩亀が街を攻撃する前に倒してやるわよっ!!ディンゴはボウガンで遠隔射撃を、イレーナとルシーネは私たちのサポートを、ゲルヒルデは傷ついた兵士たちの回復をお願いっ!!」
リリシアの命令を受けた仲間たちは、雪崩亀を倒すべく陣形を組み、戦闘態勢に入る。ガルフィスは金騎士と共に雪崩亀の足を集中攻撃していた。
「我が銀剣シルヴァルティアよ、銀色の輝きと共に悪を打ち祓わんっ!!ブレイジング・シルヴァレストォっ!!」
金騎士は咆哮とともに、銀剣シルヴァルティアを構えて大きく飛び上がる。金騎士は上空で剣を振り上げ、急降下しながら雪崩亀めがけて振り下ろす。
「ゴオオオォォォッ!!!」
その一撃により、雪崩亀の強固な甲羅にヒビが入る。その一撃の振動が体全体に響いたのか、雪崩亀は咆哮と共にその場に倒れこむ。
「金色の髪の騎士の一撃で奴が倒れたわ。私たちは肉質がやわらかそうな腹の部分を集中攻撃よっ!!」
その言葉の後、ヴァイオレットシューターの最終進化系である『紫炎弩』を構えたディンゴがリリシアの前に現れる。
「リリシア、ここは俺に任せてくれ。奴の腹部に一撃弾丸をぶっ放してやるぜっ!!」
ディンゴはスラッグ弾をボウガンに装填し、雪崩亀の腹部に照準を合わせ、引き金に手をかける。
「反動で吹き飛ばされるかもしれないが……やるしかないっ!!」
意を決したディンゴがボウガンの引き金を引いた瞬間、爆音と共にスラッグ弾が放たれ、雪崩亀の腹部に命中する。弾丸が腹部に刺さった後、無数の小さな鉄の玉が飛散し、雪崩亀の体を傷つけていく。
「この感触、ヴァイオレットシューターの時とは違う……。反動がなくなっている……!」
ディンゴが思い描いた設計図をもとに強化されたボウガンは、散弾の倍以上の力を持つスラッグ弾を撃っても反動一つ無かった。紫水晶の持つ硬度が、弾丸を放った後の反動を軽減していたのだ。
「もうそろそろ奴が起き上がりそうだな……。ここは一旦離れて遠隔攻撃といくかっ!!」
その言葉の後、雪崩亀は起き上がると同時に冷気をまとい始める。ディンゴが離れた場所から雪崩亀の頭部に弾丸を放つが、身にまとう冷気によってスピードが落ち、頭部にダメージを与えられなかった。
「くそっ……冷気のせいで奴に攻撃が当たらないっ!!ここは武器を収めて逃げなければ……。」
構えたボウガンを収めた後、ディンゴは一気にリリシアのもとへと走っていく。そのディンゴの様子を見ていた雪崩亀は、口から氷の塊をリリシアのもとへと走るディンゴめがけて吐き出す。
「はぁはぁ……亀は遅いから、そう簡単には追いつかれることはな……うわあっ!!」
背後から氷弾の奇襲攻撃を受けたディンゴは、氷が体にこびりつき四肢の自由が封じられてしまった。雪崩亀によって不意打ちを喰らったディンゴは体をじたばたさせながら、他の仲間に助けを求める。
「う…動けないっ!!誰か…助けてくれっ!!」
その声を聞いたリリシアは、すぐさまディンゴのもとに駆け寄る。
「ど…どうしたのよっ!!」
「後ろから氷の弾が飛んできて、当たった瞬間このとおり氷漬けになってしまった。おかげで両手両足が封じられてしまった。そこで頼みがある、俺を抱えてゲルヒルデのもとへと運んでくれ。」
その言葉を聞いたリリシアはディンゴの体にこびりついた氷に手をかけ、赤き炎の魔力を送り始める。
「あいにく、ゲルヒルデの所にあなたを連れて行く必要は無いわ。私の魔力があればこんな氷、すぐに溶かしてあげられるわよ!」
リリシアが手を触れた箇所から、ディンゴの体にこびりつく氷が溶け出していく。数分後、ディンゴの体にこびりついた氷は完全に溶け、身動きが取れるようになった。
「はぁ……ゲルヒルデに氷を溶かしてもらいたかったのに…リリシアのケチ…。」
「何言っているのよっ!!いちいちゲルヒルデの所まで運んでいたら時間がなくなっちゃうでしょっ!そんなことを言っている暇があったら、早く戦いの場に復帰しなさいっ!!」
リリシアに一喝され、ディンゴは再び戦いの場に戻っていった。リリシアたちが戦っている中、傷ついた兵士たちの治癒を終えたゲルヒルデがリリシアのもとに駆け寄る。
「兵士たちの治癒のほうは終わりました。リリシア様、私も一緒に戦いますっ!!」
ゲルヒルデは雪崩亀に術を唱えるべく、手に持った魔導書を広げ、詠唱を始める。
「炎よ…一筋の光となりて悪しき者を焼き尽くさんっ!!レイジング・フレアっ!!」
詠唱を終えた瞬間、一筋の細い熱線が雪崩亀の体を貫く。ゲルヒルデの術によって足を貫かれた雪崩亀は、再び地面に倒れる。
「あなたのおかげで奴の弱点である腹を狙う隙ができた!!礼を言うっ!!」
雪崩亀が倒れた瞬間、銀剣シルヴァルティアを構えた金騎士が駆けつけ、攻撃の態勢に入る。
「銀剣に宿る炎の力よ……邪なるものを撃ち滅ぼさんっ!!シルヴァン・フレイム!!」
銀色の剣の刀身に眠る炎を一点に集中させ、ディンゴの放ったスラッグ弾によって腹鱗がはがれた雪崩亀の腹にさらに追撃を加えるべく、精神を集中させる。
「炎弾よ、巨大な悪を焼き尽くせっ!!」
その言葉の後、剣の先から炎のエネルギーが集まり、刃の先端に炎弾が形成されていく。金騎士が刃の先端に念を込めた瞬間、炎弾が雪崩亀の腹部に炸裂する。
「ゴオオオォォォォッ!!!」
炎弾によって腹部を焼き尽くされた雪崩亀は、痛みのあまり呻き声を上げる。しかし炎弾の直撃をうけたのにもかかわらず、雪崩亀は再び立ち上がった。
「奴め、まだ立ち上がってくるとは……。」
雪崩亀の様子を見ていたエステイシアの兵団お一人は、バリスタを発射すべく引き金を引く。
「くっ……来るなっ!!来るなあぁぁっ!!!」
エステイシアの街を守ろうと必死なのか、兵団の一人は半狂乱になってバリスタを連射する。しかし雪崩亀はバリスタの直撃を受けてもなお平気な様子であった。雪崩亀は兵たちに反撃すべく、甲羅にある穴から氷の塊を発射し、街を襲う。
「や…奴の甲羅の穴から何か飛んでくるぞっ!!皆の者、逃げろぉっ!!」
兵たちが避難した瞬間、氷の塊が大きな音と共に落ちてきた。もしそれが直撃していたら、頑強な鎧があっても大きなダメージを受けてしまうほどであった。
「このままでは街が……!!ここは私が何とかするわっ!」
リリシアは仲間たちにそう告げると、雪崩亀のいる方向へと走っていく。雪崩亀はその足音に気付いたのか、リリシアのほうを振り向き、威嚇する。
「そう簡単に街は破壊させないわよ…。ここで終わりにして差し上げますわっ!!」
リリシアは精神を集中させ、手のひらに闇の魔力を集める。
「魔導の術の力……その体で思い知るがいいっ!!魔導術、カオスフレア!!」
闇の魔力と赤き炎の魔力が混ざりあった混沌の炎が、リリシアの手のひらから放たれた。放たれた炎は雪崩亀の周囲を囲み、炎の渦となって雪崩亀を襲う。リリシアの戦いを見ていた兵士たちは、歓喜の声を上げる。
「やった…やったぞっ!!あの巨大な亀から街を防衛したぞっ!!」
「いや、まだだ…。奴はまだ生きているが、もう戦える体ではない。そろそろ戦闘街から逃げるころだ…。」
炎の渦が止んだ瞬間、雪崩亀がその姿を現した。しかし雪崩亀は街を襲う様子も無く、戦闘街の出口へと向かっていく。どうやら身の危険を感じたのか、傷の回復のために安全な場所へと向かうためであった。
「奴が戦闘町の出口へと向かっていく……。どうやら撃退成功だっ!!」
雪崩亀の撃退に成功した兵士たちは、歓喜の声を上げる。しかしリリシアたちは街の外へと撤退した雪崩亀を追うべく、出口のほうへと走り出す。
「みんな、奴を追えばルーズ・ケープにたどり着けるかも知れないわっ!!雪崩亀との戦いで体力を消耗したから、奴を追う前にゲルヒルデの作ってくれた回復薬を飲みましょう。」
雪崩亀との戦いで失った体力を回復するべく、リリシアたちはゲルヒルデの調合した回復薬を飲むことにした。回復薬を口に含んだ瞬間、体に力がみなぎってくる。
「飲んだ瞬間、私の体に力が戻ってきたわっ!!」
「うおおおっ!!君の作ってくれた薬のおかげで元気になったぜっ!!」
回復薬を飲んだリリシアたちは、一瞬にして体力が回復した。仲間たちの嬉しそうな表情を見たゲルヒルデは、笑顔の表情を浮かべる。
「私の調合した回復薬を飲んで元気になってくれると、私は嬉しいわ。さぁ、早く街の外へと逃げた雪崩亀を追いかけましょう。」
リリシアたちが戦闘街の外へと向こうとしたその時、ガルフィスと王宮兵士たちを連れた金騎士がリリシアのもとへと駆けつけ、そう言う。
「私も今から兵たちと共に王宮に戻るところだ。よければお供させてくれぬか。」
「わかったわ。あの亀を追えばきっとルーズ・ケープへと戻れそうよ。さぁ、金騎士様、共に参りましょうっ!!」
雪崩亀の撃退に成功したリリシアたちは、街の外に逃げた雪崩亀を追うべくルーズ・ケープへと続く森の中へと向かうのであった……。