第十話 迫り来る雪崩亀
ブリュンヒルデからリリシアを討伐の命を受け、ヘルハウンドを引き連れたホワイトシャドウたちを退けたリリシアたちは、テントを張って野宿をすることにした。テントで一夜を明かした一行は、北の方角にある魔界の大きな街、エステイシアを目指していた。エステイシアまであと少しと言う所まで来たとき、五人の戦乙女の一人であるジークリンデがリリシアたちの前に現れた。大きな剣を片手で使いこなすジークリンデにリリシアは苦戦を強いられるが、赤き炎の魔力を集結させた一撃により、ジークリンデを倒すことに成功した。しかしジークリンデとの戦いで魔力を使い果たしてしまったリリシアは、力尽きて倒れてしまった。ディンゴは倒れたリリシアを抱えると、一行はエステイシアの街へと急ぐのであった……。
エステイシアの街に到着した一行はリリシアを休ませるべく、真っ先に宿屋へと向かった。ディンゴがリリシアをベッドの上に寝かせた後、イレーナとルシーネにそう伝える。
「イレーナ、ルシーネ。私たちが留守の間、リリシアの看病をしてやってくれないか…。私たちは少し街の中を歩いてくる。夕方辺りになったらここに戻ってくる……。」
ディンゴは二人にそう言い残すと、三人は宿屋を後にし、エステイシアの街の中を少し歩くことにした。ガルフィスが宿の外で休憩を取る中、ゲルヒルデはディンゴの手を引っ張り、市場のほうへと向かっていく。
「さぁディンちゃん……薬を調合するための道具を買いにいきましょうっ♪ここの市場は品揃えが豊富だからね…。」
嬉しそうな表情のゲルヒルデは、ディンゴに寄り添いながら街を歩いていた。その様子にディンゴは顔を赤くしながら、市場のほうへと向かっていく。
「とりあえず…回復薬を作るための素材、それと武器の強化素材も買わなければな…。」
市場に到着した二人は、いろいろな薬の素材が売っている素材屋へと立ち寄り、買い物を始める。
「見て…ディンちゃん。ここにはいろいろな薬の材料が売っているのよ。傷を癒す物から少々危険なものまで取り揃えているのよ。たとえばこんな物とか……。」
ゲルヒルデが指差したほうを見ると、そこには毒々しい色のキノコや黒こげになったイモリなどが置かれていた。どれも調合に使えそうな素材ばかりだ。
「ふむふむ……。どれもいい素材ばかりだな。ゲルヒルデ…薬に使えそうなものは何か教えてくれないか……?」
「回復の薬だと……薬草や青林檎のほかにも、少し高価な物ならゴールドアップル、竜の牙、魔法蝶の鱗粉なんかも回復する薬の素材に使えそうね…。ディンちゃん、まずは薬草と青林檎を三十個ずつ、後魔力を回復する薬の調合素材として、魔法蝶の鱗粉も五つ買うわ。ディンちゃんも欲しい物があれば私に言ってね…♪」
その言葉を聞いたディンゴは、ボウガンの弾丸の作成に使えそうな物を探し始める。毒々しいキノコや個体からの採取が難しい麻痺蝶の体液など、命中した相手を状態異常に出来る素材がたくさん取り揃えられていた。毒々しいキノコと睡眠蝶の体液をかごに入れ、ゲルヒルデのもとへと急ぐ。
「俺はこいつを買うぜ…。ゲルヒルデよ、次は武器強化に必要な鉱石を探しに行こうか……。」
回復する薬の素材を買い終えた二人は武器を強化する鉱石を探すべく、鉱石を売る店へとやってきた。しかしどの鉱石も値段が高く、二人の手持ちのお金では手が届かないほどであった。
「ディンちゃん……どの鉱石も高いわね。ここは安価なもので我慢しましょう…。」
「しかし…。俺のヴァイオレットシューターを強化するには紫水晶の塊が三つ必要なんだが…これほど高いと手も足も出ないな。」
この鉱石屋の中でも唯一高額な代物である紫水晶の塊の値段を見ると、なんと15万DGもする高価なものであった。
「ちくしょうっ!!錬金術を使える人間がいれば……。簡単に作れるのにっ!!」
しかしリリシアたちの中で、錬金術を使える人などいない。悔しがるディンゴにゲルヒルデがそっと手を差し伸べ、慰める。
「ディンちゃん…。調合で鉱石を生み出すことはできないかな……?できないと思うけど一応やってみるしかないわね…。」
ゲルヒルデは鞄の中から調合書を取り出した瞬間、鉱石屋の店主は驚きの表情でゲルヒルデの手に持った本を見つめ、そう言う。
「そ…そこのお嬢さんっ!!そいつは今では廃刊となった『調合書G・錬金編』ではないかっ!!この本を持っている者は錬金術を使うことが出来ると聞いたが、ためしのこの鉄鉱石を錬金して、エクリスルビーに変えてくれないかっ!!」
ゲルヒルデが表紙の部分を見ると、表紙の帯には『これ一冊あれば、あなたも錬金術が使えます!』とのうたい文句が書かれていた。しかし彼女は錬金の経験は浅く、素人同然のレベルであった。
「しかし…私は錬金は初めてなので……うまく出来ないかもしれませんが、やってみます。」
「ゲルヒルデ……心の中で鉄を宝石に変える事をイメージするんだ。君にならきっとできる!」
ゲルヒルデは静かに目を閉じて精神を集中させ、鉄鉱石を綺麗な宝石に変えることを心の中でイメージし始める。すると手に持った鉄鉱石が光り輝き、徐々に鉄鉱石が赤くなっていく。
「うおおっ!!鉄鉱石が徐々に…おっと、大声を出しちゃいけないな。お嬢さん集中してるからね…。」
その店主の言葉の後、ゲルヒルデが手に持った鉄鉱石はエクリスルビーへと生まれ変わった。
「店主さん……錬金完了しました♪」
錬金術によって練成されたエクリスルビーを店主に渡すと、店主は驚いた表情でゲルヒルデに拍手を送りながらそう言う。
「み…見事だっ!!お嬢さん、一つ私から豆知識を与えよう。鉄鉱石から作られるアクセサリーの作成失敗で出来る粗悪な鉄も、錬金の腕次第で鉄鉱石に変える事が出来るぜ。粗悪な鉄が五個あれば、それを鉄鉱石に戻すことも可能だ。私が何故そのことを知っているかって……昔お嬢さんの持っている本と同じ本を持っている鍛冶屋の人から聞いたんだ。粗悪な鉄ならこの店に一杯あるから、好きなだけ持っていってくれ。久々に錬金術を見せてもらったお礼だ。ところで、お嬢さんはこの本をどうやって手に入れたんだ…。」
その言葉に、ゲルヒルデは調合書を手に入れるまでの経緯を話し始める。
「その調合書は私が21歳の誕生日にディンちゃんから貰いました。ディンちゃんがお金を貯めて私のために買ってくれた本です。」
「お嬢さん、いい彼氏を持ってよかったな。これからもこの本と同じぐらい大切にするんだぞっ!!」
その言葉の後、ゲルヒルデは笑顔の表情で店主にこう言葉を返す。
「ええ…。いろいろとありがとうございます。店主さん。さぁ、ディンちゃん!早速宿屋に戻って錬金を始めしょうっ!!」
店主から粗悪な鉄をたくさん貰った二人は、早速宿屋に戻って錬金術を始めることにした。
二人が部屋に戻ってきたとき、リリシアはすーすーと寝息を立てながら眠っていた。早速粗悪な鉄を鉄鉱石に戻すべく、ゲルヒルデは錬金術の準備に取り掛かる。
「ディンちゃん。袋の中から粗悪な鉄を五つぐらいを出してちょうだい…♪」
ディンゴが袋の中から粗悪な鉄を五つ取り出すと、それをゲルヒルデの手のひらの上に乗せる。すると五つの粗悪な鉄が集まり、一瞬にして鉄鉱石へと生まれ変わった。
「その本に書かれていることなんですが、あなたが欲しい紫水晶の塊はエクリスルビーが三個あれば練成可能よ。まずは粗悪な鉄を使って鉄鉱石を三つ用意し、エクリスルビーを作りましょう。」
ディンゴのボウガンの強化に必要な高級素材である紫水晶の塊を作るべく、ゲルヒルデは粗悪な鉄から鉄鉱石を、鉄鉱石からエクリスルビーを練成する。しばらくそれを繰り返し、見事エクリスルビーを九個作ることに成功した。
「ディンちゃんが欲しい紫水晶の塊は三つね。お姉さんが今作ってあげるから待っててね♪」
ゲルヒルデは先ほど練成した三つのエクリスルビーに念を加えると、紫色の光が部屋中にあふれ出す。その光の後、三個あったエクリスルビーが一瞬にして紫水晶の塊へと生まれ変わった。その後失敗することなく、三個の紫水晶の塊を練成することに成功した。
「おおっ!!これこそ俺が求めていた紫水晶の塊ではないかっ!!ゲルヒルデよ、もうひとつだけお願いがあるのだが、魔力鉄という鉱石も錬金で作れないかな?」
「うふふっ♪ディンちゃんのためなら、お姉さんが何でもしてあげるわ♪魔力鉄なら鉄鉱石一つで練成可能よ♪」
ゲルヒルデは粗悪な鉄を五つ手に取り、それを鉄鉱石に練成する。さきほど練成した鉄鉱石を手のひらの上に乗せ、精神を集中させて鉄鉱石に魔力を送る。
(調合書に書いてある通りでは、魔力鉄は鉄鉱石に魔力を込めると練成できるわね……。)
心の中でそう呟いた後、鉄鉱石は魔力鉄へと練成された。彼女の魔力の込め具合がよかったのか、なんと一つの鉄鉱石から五個の魔力鉄が練成された。
「だ…大成功だっ!!一つの鉄鉱石から魔力鉄が五個も!!これほど素材が集まれば、俺のヴァイオレットシューターを強化することができそうだっ!!今から設計図を作り、加工屋に持っていくとするか…。」
強化に必要な素材が集まったところで、ディンゴは設計図を書く用紙を広げ、ヴァイオレットシューターの強化形を頭の中で構想し、ペンを走らせる。数時間後、ディンゴが考えた新たな武器の作り方が書かれた設計図をゲルヒルデに手渡す。設計図に描かれたライトボウガンは一見ヴァイオレットシューターとは変わらない形状だが、魔力鉄で出来た二つのリリシアの髪飾りのレプリカが光る紫水晶でできた弩砲であった。
「できたっ!!俺の理想のオリジナルのライトボウガン…その名も、『紫炎弩』だっ!!こいつは硬度の高い紫水晶をベースに作られているから、どんなに反動の強い弾丸でも仰け反らない耐久力と、魔力を蓄えることが出来る魔力鉄で出来たリリシアの髪飾りのレプリカをボウガンに取り付けることで、髪飾りに蓄積された魔力とボウガンの火力で弾丸を飛ばすことが出来る優れものなんだぜ…。」
「すごい…これほど緻密な設計図を描けるなんてすごいわっ!!今から私と一緒に加工屋にいきましょう……。強化に必要な素材は私が持つから、ディンちゃんは設計図と武器を持ってね♪」
ヴァイオレットシューターを加工するための素材を手に、二人は加工屋へと向かって行く。ディンゴは加工屋の店主にヴァイオレットシューターとその強化形の作り方が書かれた設計図を渡した後、ゲルヒルデが必要な素材をカウンターに置く。
「すまぬが、この設計図どおりに武器を強化してくれないか……。」
ディンゴが書いた設計図を見定め、店主はディンゴのほうを向く。
「そうだな、君の作った設計図を見るとおり、君の武器はライトボウガンのようだね。まぁ一日あれば君の望みの物を作ることはできるぜ。どうだ、君の武器を私に預けてみないか…。」
ディンゴが首を縦に振ると、加工屋の店主が二人にそう言う。
「よしっ!!商談成立だな。では強化費用として一万DGもらおうか。」
ディンゴは強化費用を支払うと、加工屋の店主はヴァイオレットシューターと強化素材を弟子たちに渡すと、早速弟子たちとともに加工に取り掛かる。
「武器の強化には一日ぐらいかかる。明日またここに来てくれ……。」
加工屋の店主に武器を預けた後、二人は宿屋へと戻ってきた。二人が宿屋へと戻ってきたとき、ベッドで眠っていたリリシアが目を覚ましていた。
「おっ、お目覚めのようだな。どうだ、魔力は回復したか?」
「少し寝たら魔力は回復したから、明日には旅を再開できそうね。明日の朝出発しましょう。一刻も早くルーズ・ケープへと向かわなければ、魔界が白き王によって占拠されてしまうからね…。」
リリシアが二人にそう言った瞬間、ガルフィスが部屋の中に戻ってきた。
「リリシアの魔力の波長が正常に戻ったようだな。今出発したいところなのだが、もう夜だ。とりあえずこの宿で一晩休むとしよう。」
寝る準備を済ませたリリシアたちは、明日の旅に備えて眠りにつくのであった。全員が寝静まった頃、ガルフィスの鞄の中に入っている魔導発信機が鳴り響く。
「ううむ……こんな夜更けに何があったというのだ………。」
目を擦りながら、ガルフィスは鞄の中にある魔導発信機を取り出し、通信を始める。
「こちら魔皇帝ガルフィスだ。応答をどうぞ……。」
そう言った瞬間、魔導発信機から兵士の声が聞こえてくる。
「た…大変ですっ!!地下に冷凍保存されていた雪崩亀が何者かによって野に放された模様です。雪崩亀はエステイシアの方へと向かっています。どうやらブリュンヒルデの仕業のようです。」
「それは誠かっ!!ヴォルカス・トータスと対をなす巨大な雪崩亀アバランチ・トータスが野に放たれたら、通り過ぎた場所一体は寒冷地と化してしまうっ!!街を守るため、兵士たちをエステイシアに派遣し、戦闘街に集めるのだ!!私たちは夜が開けたらリリシアたちと共に援護に入る!!」
ガルフィスが兵士をエステイシアに集めるように命じると、兵士はその要求に了承する。
「わかりました。私は兵士たちを集め、エステイシアの戦闘街へと向かう。ガルフィス様、戦闘街でお待ちしております!!では私はこれで…。」
その言葉の後、魔導発信機からの通信が切断された。
「雪崩亀がエステイシアの方に近づいている…か。おっと、もうそろそろ夜明けだな。そろそろリリシアたちを起こさなければならないな…。」
ガルフィスはリリシアたちよりも先に準備を済ませると、眠っているリリシアたちを起こしに行く。リリシアたちを起こした後、全員を宿屋の大広間に集め、そう言う。
「気持ちよく寝ているところ悪いが、先ほど私の魔道発信機から王宮兵士の報告があった。雪崩亀とよばれる巨大な魔物により、エステイシアの街が未曾有の危機に晒されているのだ。この街の北の方角にある戦闘町で王宮兵士たちが戦っている。そこでだ、君たちには一刻も早く戦闘街に向かい、雪崩亀と戦う兵士たちの援護をしてほしい。勝手な願いだが、聞き入れてくれるかな……?」
戦闘街に行って雪崩亀と戦う兵士たちの援護をして欲しいというガルフィスの願いを聞いたリリシアたちは戦う準備を済ませると、ガルフィスにそう言う。
「ガルフィス様、出撃準備は完了よ。さぁ、戦闘街へと向かいましょう。私たちで何としても街への被害を食い止めなければならないわ……。」
出撃準備を済ませ、エステイシアの戦闘街へと向かおうとしたその時、ディンゴが呼び止める。
「みんな!!いきなりで悪いが、加工屋に武器を取りに行ってくるけど、いいかな。」
「いいけど、早くここに戻ってきてちょうだいね。」
仲間たちにそう告げた後、ディンゴは加工屋へと急ぐ。加工屋へとやってきた時、店主はディンゴのほうを見た瞬間、強化されたボウガンをカウンターの上に置く。
「出来たぜ。どうだい、君の書いた設計図どおりだろ……。あとこれも渡しておこう。」
パワーアップしたボウガンである紫炎弩のほかに、強化された杖と弓がカウンターの上に置かれていた。そう、ディンゴとゲルヒルデが加工屋に向かう前、イレーナとルシーネの武器を強化するべく、こっそり武器を持ち出し、加工屋に出していたのだ。
「店主さん、ありがとよっ!!」
店主にそう告げた後、ディンゴはリリシアのもとへと戻っていった。
数分後、加工屋で強化された武器を抱えたディンゴが戻ってきた。
「待たせたな…。それじゃあ戦闘街へと向かいましょうか……。そうだ、ついでにイレーナとルシーネの武器も強化しておいたから、使ってくれ。」
イレーナにはヴァイオレットボウを、ルシーネにはクリスタルロッドを手渡した後、二人は嬉しそうな表情でディンゴに謝礼した後、リリシアにそう言う。
「ありがとうございます。ディンゴ様、私たちと共にこの街を守りましょうっ!!リリシア様、そろそろ戦闘街に向かっていいでしょうか…。」
その言葉に、リリシアは頷きながらそう言う。
「そうね。今は一刻も争う事態だから、今すぐ戦闘街に向かいましょう!!」
エステイシアの街を守るべく、一行は街の北側にある戦闘街へと向かうのであった。その間にも、強大な力を持つ雪崩亀アバランチ・トータスが徐々にエステイシアの戦闘街へと足取りを進めていた……。