第七話 ブリュンヒルデの妹
白き王の城跡からリリシアを救出した一行は、ルーズ・ケープの王宮へと帰還すべく、魔界へと続く洞窟を駆け抜けていた。魔界まであと少しと言う所まできたとき、白き王の直属の部下である『五人の戦乙女』の一人であるフレイヤが配下のオーガ・トールと共にリリシアたちの前にたちはだかった。怪力巨躯のトールに一同は苦戦するが、空中を飛び回りトールを撹乱するリリシアが傀儡(くぐつ)の首輪を壊したことで我に返り、リリシアの味方となった。味方となったトールはフレイヤ倒した後、そのままトールの胃袋へと飲み込まれた。トールと別れを告げたリリシアたちは、ルーズ・ケープへと向けて足取りを進むのであった……。
魔獄界を抜けて魔界へとたどり着いたリリシアたちは、休息を取るべくフォル・エクリスの街を目指して歩き続けていた。
「とりあえずフォル・エクリスの街へと向かおう……。イレーナとルシーネの装備を整えなければならんからな…。娘たちの装備を整えた後、宿で一泊してから出発だ。」
イレーナとルシーネは、戦うための武器を何一つ持っていなかった。
「そうですわね…。あの二人も立派な戦力になりそうだわ。今思い出したけど、封印の間での一件で髪飾りを落としてしまったから、適当な庶民の武器で我慢するしかないわね……。」
リリシアもまた、戦うための武器を持っていなかった。封印の間で白き王とヒルデに襲われた際、リリシアの魔力に反応し、鋭い刃を持つ鉄扇に姿を変える不思議な髪飾りを落としてしまっていたのだ。
「そうか……。あの時髪飾りを落としてしまったのか。しかし心配はいらない、フォル・エクリスの街での武器屋に同じようなものがあるかもしれないな……。」
ガルフィスの言葉の後、一行は再びフォル・エクリスに向けて歩き始める。リリシアたちが街の周辺まで来たとき、白い頭巾をすっぽりとかぶった魔物が人の絵が描かれた紙を見せつけながら男の人になにやら話していた。
「この女を探しているのだが、何か知っている情報はないかっ!?」
その言葉に、男の人は後退りしながら答える。
「リ…新しく魔界の王となったリリシア様の事ですか……。し、知らないですっ!!」
「知らないとはなんだっ!!このまま首を刎ねられたいのかっ!?」
その様子を見ていたリリシアの心に、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「ひどい…私を探すために無関係な人を巻き込むとは……私もう我慢できないわっ!!」
怒りの限界に達したリリシアは、白い頭巾の魔物のほうへと向かっていく。白い頭巾の魔物はリリシアのほうを振り向くと、大声で仲間を呼び始める。
「リ…リリシアがいたぞぉっ!!出会えっ、出会えぇっ!!」
一人の号令のあと、数名の白頭巾の魔物が鉈を構えてリリシアを迎え撃つ態勢に入る。リリシアは両手に魔力を込め、鉈を構える白頭巾の魔物たちの元へと向かっていく。
「リリシアぁ……お前を倒して名を上げるっ!!」
「たいした魔力もない低級魔物の癖に生意気ね……。私の魔力で吹き飛ばして差し上げますわっ!」
リリシアが両手に纏う魔力を解放した瞬間、迸る紫の魔力が白頭巾の魔物たちを次々と吹き飛ばしていく。その様子を見ていた白頭巾の魔物の残党は、腰を抜かして逃げ出す。
「は…歯がたたんっ!!ここは一旦退くぞっ!!リリシアを見つけたことを…白き王様に報告せねばっ!!」
白頭巾の魔物たちはリリシアに恐れをなしたのか、慌ててどこかへと去って行く。白頭巾の魔物たちがその場を去った後、男の人がリリシアに感謝の意を表す。
「どこの誰だか知らないが、ありがとうございます!でも君、あの白頭巾の奴が持っている紙と同じような姿をしているね…。」
「ええ、そうよ。自己紹介が遅れたわ。私は魔界の王、リリシアと申します。私は白き王によって占拠された王宮を解放するべく、ルーズ・ケープを目指して旅を続けています。もしよければ私たちをフォル・エクリスの街へと案内していただけませんか…?」
リリシアが道案内をするように尋ねると、その男は喜んだ表情で答える。
「リリシア様、今からフォル・エクリスの街に案内しますので、私についてきてください。」
道案内をしてくれるという男の言葉に、リリシアは感謝の表情で答える。
「ありがとうございます。万が一の時は私たちがお守りいたします……。」
道案内をしてくれる男を先頭に、リリシアたちはフォル・エクリスの街へと向かうのであった。一方白き王の居城であるルーズ・ケープの王宮では、白頭巾の魔物が慌てた表情で王座の間にやってきた。
「し…白き王様っ!!エクリス山地にてリリシアの姿を発見しました。しかし彼女の魔力は我々では歯が立たない…。白き王様、我々に強い魔物をいただけぬか…金はいくらでも出す。」
白頭巾の魔物が金の入った袋をちらつかせ、白き王に魔物をくれと要求する。その言葉に、白き王はしぶしぶその要求を受け入れる。
「いいだろう。その代わりリリシアを生け捕りにしてここに連れて参れ……。ブリュンヒルデよ、ホワイトシャドウたちを王宮の地下にある魔物部屋に案内してくれっ!!」
白き王から命令を受けたヒルデは、ホワイトシャドウたちを王宮の地下へと案内する。
「ホワイトシャドウたち……私についてきなさい。」
ヒルデの後を追うホワイトシャドウたちは、地下にある魔物部屋にやって来た。ヒルデが鍵を開けて中に入ると、凶暴な魔物たちが牙を剥き出しにして怒りを露にしていた。どうやら狭い檻に閉じ込められていたらしく、ストレスがすごく溜まっていた。
「ここはかつてメディスが魔界で捕まえた魔物をコレクションするために作られた部屋よ。気に入った魔物があったら私に話しかけてちょうだい。」
ヒルデの言葉の後、ホワイトシャドウたちは気に入った魔物を探し始める。
「おおっ、こいつは雪崩亀アバランチ・トータスじゃないかっ!!こいつは使えそうだが、サイズの問題上無理だな…あきらめよう。」
「おいお前ら、こっちに来てくれ。こいつはヘルハウンドという凶暴な野獣だ。こいつなら扱いも容易で、リリシアを生け捕りにすることが出来そうだな…。よしっ、こいつで決まりだっ!!」
凶暴なヘルハウンドの檻の前で、大勢のホワイトシャドウの目が釘付けになる。
「こいつが気に入ったのかしら…。ヘルハウンドは一匹しかいないけど、私の複製の秘術でなんとか全員分を確保できそうね…。」
ヒルデは怒り狂うヘルハウンドを魔術で眠らせた後、魔力を高め精神を集中させる。するとヒルデの周囲に魔方陣が現れ、ヘルハウンドの体が怪しく光りだす。
「増殖の秘術……バイオニカル・コピー!!」
詠唱を終えた瞬間、ヘルハウンドの体が光に包まれ、分裂を始める。数分後、魔物部屋の中にいるホワイトシャドウと同じ数のヘルハウンドが複製された。
「こいつはたまげたぜっ!!一匹のヘルハウンドを、私たちの数だけ複製してしまうとは……。」
「これで全員分ね……ではエクリス山地へと向かってちょうだい。そうだわ、今から転送陣を床に描くから、少し待っていなさい……。」
ヒルデは王宮から持ち去った魔界王の杖を手に取り、床に円を描き始める。床に描かれた円が光り、転送陣へと姿を変える。
「この転送陣はエクリス山地へと続いているわ。ではホワイトシャドウたち、リリシアを生け捕りにして私のもとに来てちょうだい……♪そうだわ、リーダー格のあなたに捕獲用の縄と強力な麻痺罠を持たせておくわ…。」
ヒルデは支給品として捕獲用の縄と対象を痺れさせる麻痺罠をリーダー格のホワイトシャドウに手渡す。支給品を受け取ったホワイトシャドウたちは、一斉にエクリス山地へと向かうべく、次々と転送陣の上にのり、エクリス山地へと向かっていく。
「うふふ…♪ホワイトシャドウたちが戻ってくるのが楽しみね……。」
そう言うとヒルデは、白き王のいる王座の間へと戻るのであった。
その頃リリシアたちは白頭巾の魔物に襲われていた男の道案内により、フォル・エクリスの街へとやってきた。道案内をしてくれた男がそう告げた後、街の中へと消えていった。
「君たちのおかげで、無事に街に戻れたよ!!では私はこれにて……。」
男が街へと戻った後、リリシアたちは戦うための武器を持っていないイレーナとルシーネの武器を買うべく、街の中にある武器屋へと向かっていった。
「あ…あなたは新しく魔界の王、リリシア様ではっ!?と…とりあえず何か買っていくかい…?」
武器屋の中に入った店主が、笑顔でリリシアたちを出迎える。
「あの…この二人にあった武器を探していただけませんか……。」
イレーナとルシーネに装備できる武器がないかと店主に尋ねると、店主はイレーナとルシーネの方を向き、そう言う。
「そうだな…。ダークエルフの君たちには弓と杖が装備できそうだな。少し待っていてくれ…。」
そう告げた後、武器屋の店主は弓と杖を持ってリリシアたちのもとへと戻ってきた。
「お待たせ…。その娘さんにあう武器を持ってきたぜ。まずはその弓から説明を始めてやろう。その弓はハウンドボウといって、文字通り狼の毛や骨を細工した弓だ。初心者でも使いこなせる安価な弓だが、きみなら使いこなせそうだな……。お次にその杖だが、そいつはルビーワンドといって、この周辺のエクリス山地で採れるエクリスルビーという鉱石を加工して作った杖だ。まぁこれも安価な武器だが、杖に魔力を込めやすいのが特徴だ。どうだい、この二つをセットにして1500DG(デモンゴールド)でどうだ?」
店主の言葉の後、ガルフィスは鞄から財布を取り出し、答える。
「わかった。ではその二つをいただこう…。」
「確かに金はいただいたぜ…。そこの娘さんたちよ、ここで装備していくかね…。」
武器の代金の清算を済ませた後、店主は武器をカウンターに置き、イレーナとルシーネにそう尋ねる。
「私は弓を選ぶわ。使い勝手がよさそうだわ…。」
「では私は杖を選びますわ。魔力の高い私にあいそうですわっ!!」
イレーナは弓を、ルシーネは杖を店主に装備してもらった後、ガルフィスは笑顔の表情で答える。
「店主殿、いい武器をありがとう……。よければ、リリシア様の武器もお願いしたい…。白き王とかいう奴にさらわれて、囚われの身となっていたので武器を持っていなくてね……。では店主殿、戦うための鉄の扇をいただけないかな……。」
その言葉を聞いた店主は、鉄扇を手にガルフィスのところへとやってきた。
「そいつは鉄鉱石で作られた鉄扇だ。まぁ安価なものだが切れ味はそこそこある。一振りで魔物の肉を裂くほどの威力を持つのだが、鉄で出来ているから重量があるから、腕の力がなければ使いこなすことが難しい武器だが、買ってくれるかね……?」
「ではそいつをいただこう。お代はいくらで…?」
「そいつは2500DGだ。鉄鉱石はここ最近値上がりしているのでね…。武器の加工には欠かせない鉱石だけあって、消費量が多いもんだから…すまないな。」
ガルフィスが代金を手渡すと、店主はリリシアに鉄扇を手渡す。
「すこし重いけど…これさえあれば魔物と戦えそうね……。ありがとう!!」
鉄鉱石で出来た安価な鉄扇を手に、リリシアは笑みを浮かべる。戦うための武器を手に入れた一行は店主にかるく一礼した後、武器屋を去る。
「店主殿、いい武器をありがとう……。それでは私たちはこれで。」
武器屋を後にしたリリシアたちは、一日の疲れを癒すため宿屋を目指すことにした。一行が宿屋に到着したその時、一人の女がいきなりディンゴのもとに駆け寄ってきた。
「あっ…!?ディンちゃんじゃないっ!!」
駆け寄ってきた女はディンゴに近づいた瞬間、嬉しそうな表情で抱きついてくる。その行為に嫌気が差したのか、ディンゴは女の手を振りほどこうとする。
「やめてくれゲルヒルデよ……今は君といちゃいちゃしている暇はないんだ……。紹介しよう、この女の名はゲルヒルデと言うんだ。魔導学校での俺の先輩に当たる存在だ……。」
「もうディンちゃんったら……♪相変わらずいけずなんだから…。」
ディンゴと久々の再会を果たし、嬉しそうな表情のゲルヒルデにリリシアが尋ねる。
「あの…いちゃいちゃしているところ悪いのですが、ブリュンヒルデの事について何か知っていることはございませんか……?」
リリシアのその言葉に、ディンゴを抱きしめ続けるゲルヒルデが答える。
「ブリュンヒルデなら私の姉ですわ……。わたしはその妹よ。ねっ、ディンちゃんっ♪」
「うぐっ……やめてくれゲルヒルデ!!た…確かにそうだけど、今話しているそのお方は魔界の王、リリシア様であるぞ…。」
その言葉の後、抱きしめられているディンゴの顔がなにやらにやけはじめる。ゲルヒルデの乳房の感触が気持ちよいのか、ディンゴの顔がゆがみだす。
「ディンゴッ……何にやついてんのよっ!!ちょっとそこのあなた、ディンゴの愛人か知らないけど、今すぐディンゴから離れなさいよっ!!」
リリシアの一喝で、ディンゴはゲルヒルデから離れる。ゲルヒルデはリリシアに近づき、謝罪する。
「すみません…リリシア様。」
「そう気を落とすなよ、ゲルヒルデ…。リリシアは今、白き王に占拠されたルーズ・ケープの王宮を取り戻すために旅をしているんだ。さぁ、俺たちも宿屋の中へと入ろう…。リリシア、ゲルヒルデはすこしズレたところもある奴だけど、宜しく頼む…。」
「わかったわよ……。ディンゴがそう言うんだったら、旅に同行させてあげるわ…ただし、いちゃいちゃするのは白き王を倒してからにしてちょうだい!!」
ディンゴの説得で、リリシアはしぶしぶその要求を受け入れることにした。宿屋の中に入ったリリシアたちは、ロビーの中で話し合っていた。
「ゲルヒルデ殿よ、ブリュンヒルデについて何か知っていることはないか…?」
ガルフィスがそう尋ねると、ゲルヒルデが重い口を開く。
「ブリュンヒルデは……私の姉です。私の姉は魔導士としての道を外れ、闇の魔術である秘術に手をだしてしまったのです。秘術を手にした姉は豹変し、悪行三昧の日々を送るようになってしまったのです。そして私は姉の悪行に耐え切れず、家を飛び出しました。」
ゲルヒルデがリリシアたちに話した後、リリシアがこう言葉を返す。
「そう…。私はブリュンヒルデに一度捕まり、アジトに囚われた後触手をつかっていやらしいことをされたわ。私の事を愛玩人形にしてやるとかいう変態レズ女よ。まぁ私が一回倒したけど、部下の一人よって復活したみたいよ…。今では白き王の側近となっているわ……。」
「そうですか…。あなたの話の通り、我が姉ブリュンヒルデは完全に悪の道を進んでいるというわけね…。ならば私も姉を正しき道に連れ戻すため、リリシア様の旅のお供にさせてくださいっ!!戦いには向いていないのですが、回復の術が得意です…。傷ついたときは私にお任せください!!」
旅のお供にさせてくれというゲルヒルデの言葉に、リリシアは手を差し伸べる。
「わかったわ。あなたがいれば旅が少し楽になりそうね。喜びなさいディンゴ……愛人と一緒に旅が出来るわよっ!!」
その言葉に、苦笑いを浮かべるディンゴが答える。
「ふふっ…。ゲルヒルデが旅に同行してくれるとは嬉しいぜ。では今日は休むか…。」
「そうだな。リリシアを救出してここに戻ってきたから私たちは疲れた。みんな、この宿で一泊し、明日王宮に向けて出発するぞ。」
ディンゴの先輩に当たる妖艶な魔導士であるゲルヒルデが、リリシアの旅に同行することになった。魔界の王であるリリシアと5人の仲間は、一日の疲れを癒すべく宿で休息を取るのであった。