蘇生の章2nd第三十八話 地獄に、突入準備を。
オーディンの妻のエルザ救出のため、ヘルヘイム大監獄へと向かったリリシアとジーグルーネは見張りの兵士たちに見つかることなくヘルヘイム大監獄に潜入することに成功した。しかし外の牢獄にはエルザが閉じ込められていないことを知った二人は、ヘルヘイム大監獄の地下牢獄へと向かい、捜索を開始した。だが、地下は外の牢獄と違い見張りの看守や仕掛けも多く苦戦を強いられるが、二人は襲い来る看守たちを退け、地下三階・地下監獄監視ルームへとやってきた。しかし先を急ぐ二人の前に、看守長ランスロットと狂乱の射手マーベリックが立ちふさがるのであった……。
ランスロットの相方の狂乱の射手マーベリックは、不気味な笑みを浮かべながらボウガンに通常弾を数発分装填し、リリシアに狙いに定める。
「うひひ…まずはこの通常弾の連射で痛めつけてやるぜっ!!」
マーベリックが引き金を引いた瞬間、通常弾が連続で発射される。しかしリリシアは魔力の防壁を張り、マーベリックの放った弾丸の威力を無力化していく。
「こんなボウガンの弾など、私の魔力の壁の前には無力に等しいっ!!」
「うぐぐ…ここでは使いたくなかったが、この退魔弾を放つしかないな。こいつは具現化された魔力を無効化する特別な弾丸だ。こいつをあの壁に撃ちこめば、壁は消えるはずだ!!」
マーベリックが魔力を打ち消す特殊な弾丸である『退魔弾』を装填し、リリシアの周りに張られている魔力の防壁に狙いを定め、引き金を引き弾丸を発射する。ボウガンの発射口から放たれた退魔弾が魔力の防壁に撃ちこまれた瞬間、リリシアの周りに張られた魔力の防壁が魔力を失い、無力化される。
「魔力の防壁を無効化するとはなかなかやるわね…。だが、私の魔力をなめないでいただこうかしら!!」
リリシアは赤き炎の魔力を手のひらに集め、数発の炎の魔力弾をマーベリックに放つ。魔姫の手を離れた赤き炎の魔力は拡散する炎弾となり、マーベリックを襲う。
「また炎の魔力弾か…だが私の退魔弾ので相殺し……ぐおおっ!!」
退魔弾でも連射でも相殺しきれないほどの炎の魔力弾が、マーベリックに次々とダメージを与えていく。あれだけのダメージを負ったのにもかかわらず、マーベリックは不気味な笑みを浮かべながらボウガンを構える。
「うひひ…貴様の炎の魔力弾を受けたおかげでボウガンの内部温度が上昇した……。これなら我が必殺の一撃…『排熱弾』を放てる。こいつは俺が1年かけて開発した『排熱噴射機構』という強化部品さ。こいつはボウガンにこもった熱の排熱を利用した強力無比の一撃を放てるってもんだ……。」
マーベリックはリリシアの放った炎弾を受けて内部温度が上昇したボウガンの引き金に手をかけ、排熱弾の発射の準備に入る。
「リリシア様…危険ですっ!!排熱弾の一撃を喰らえば灰になってしまいますわっ!!」
「うっひっひ…燃えカスにしてやるぜっ!!喰らえ…排熱弾っ!!」
その言葉の後、マーベリックはボウガンの引き金を引く。引き金が引かれた瞬間、内部に籠った熱が強力な熱線となり、リリシアに襲いかかる。
「くっ…これでは私の赤き炎の壁でも防ぎきれな……きゃあっ!!」
マーベリックのボウガンから放たれた熱線が消えた瞬間、そこにはリリシアの姿はなかった。
「そ…そんな!!リリシア様が…いとも簡単にやられるなんて……!!」
「うひひ…これで邪魔者はいなくなった。次は君をあの世に送ってや……うぎゃあっ!!」
マーベリックがボウガンを構えてジーグルーネに近づこうとした瞬間、熱線に焼き尽くされたはずのリリシアが背後からマーベリックを殴りつけ、気絶させる。
「な…なぜだっ!!なぜ俺の排熱弾を受けてなお立ちあがってこれるとは……!!」
マーベリックとの戦いが終わった後、ジーグルーネはリリシアにかけより、無事を喜ぶ。
「リ…リリシア様!!無事だったんですね。一時は死んでしまったかと思ったわ。」
「排熱弾が放たれたとき、横に回避していたおかげでなんとか直撃を避けられたわ。さて、次はあなたよっ!!」
リリシアは鉄扇をランスロットに突きつけ、前に出るようにそう言う。魔姫の言葉を聞いたランスロットは不敵な笑みを浮かべながら二人の前へと歩いていく。
「ふふふ…狂乱の射手と呼ばれるマーベリックを倒してしまうとはなかなかやるようだな。だが、元上流階級騎士の力を甘く見てもらっては困るな…。今から戦う準備に取り掛かるので、少し待っていろっ!!」
ランスロットはリリシア達にここで待っていろとの旨を伝えた後、仮眠室のクローゼットへと向かい、戦闘用の服に身を包む。
「この服は私が上流階級時代に来ていた戦闘用スーツだ。このスーツを着る者に風の加護が与えられ、回避率と素早さをあげてくれる一石二鳥の貴族装束だ。小娘たちよ…私の剣術に翻弄され、無残に散るがいいっ!!」
ランスロットはレイピアを鞘から抜き、素早いスピードでリリシアの前まで詰め寄る。素早い動きで魔姫の目の前まで詰め寄ったランスロットはレイピアの一突きを繰り出すが、おしいところでかわされてしまった。
「くっ…なんとか回避できたけど、もし一秒でも回避が遅かったら心臓を貫かれていたかもしれなかったわ。それにしてもなんて早さなのかしら。」
リリシアを葬り損ねたランスロットは、再びレイピアを手に魔姫のほうへと向かっていく。
「ちっ…死に損ないめ!!こんどこそ貴様の心臓を貫いてや……ぐえっ!!」
レイピアを構えたランスロットがリリシアのほうへと向かおうとした瞬間、ジーグルーネのモーニングスターの一撃がランスロットの頭部に直撃する。強烈な打撃攻撃を頭部に受けたランスロットは脳震盪を起こし、その場に倒れこむ。
「く…くそっ!!私が小娘を狙っている隙にうしろから攻撃するとは…卑怯なりっ!!」
ランスロットが気絶している間に、ジーグルーネは監視装置のスイッチを停止させる。
「リリシア様、監視装置を停止しました…って何をしているのですか!!」
リリシアのほうへと振り向いたその時、気絶しているマーベリックとランスロットの持ち物を物色していた。リリシアの行動を見たジーグルーネはあきれた表情を浮かべながら、ただ魔姫を見つめていた。
「おっ、ランスロットの服の内ポケットに飴玉を発見。ちょうど小腹が空いていたところだし、食べちゃおうかしら……。」
ランスロットの服の内ポケットから飴玉を手に入れたリリシアは、飴玉の包み紙を開けて口へと放り込む。飴玉を食べた瞬間、リリシアの体にとてつもないほどのエネルギーが流れ込んでくる。
「飴玉を食べただけなのに…なぜか魔力があふれてくるわ。」
「あら…あなたがさっき食べた飴は不思議飴といって、食べた者の潜在能力を高めると噂される希少な固形霊薬の一種よ。今ではあまりにも効力が強すぎるため、天界では製造自体が封印されているわ。」
不思議飴を食べたリリシアは体力と魔力が大幅に上昇したと同時に、新たな属性が身についたようだ。
「あれ?何も触れていないのに周囲の物体が浮いている……。もしかしてこれは超能力ってこと!!」
「そうみたいね。超能力…平べったく言うとエスパーの属性を手に入れたっていうことよ。エスパーの属性はスキルを上げることによって超直感やサイコキネシスといった技を覚えていくわ…。不思議飴を食べて新たな属性を得ることは、滅多にないことよ。」
ジーグルーネの話の後、リリシアはマーベリックの鞄を物色し始める。マーベリックの鞄の中にはボウガンの弾丸と弾丸の調合材料。あと大量の空の薬莢などが入っており、ごちゃごちゃしていた。
「マーベリックの鞄の中から、何やら熱を放つ変なパーツを手に入れたわ。何か使い道がありそうだから、鞄の中にでも入れておこうかな。このような機械類はヴァネッサさんなら扱えそうね。さて、そろそろ地下四階へ進みましょう。」
リリシアはマーベリックの鞄に入っていた排熱噴射機構のパーツを鞄の中に入れた後、二人は地下四階へと続く階段を駆け下り、地下四階へと向かうのであった……。
クリスたちが地下四階へと向かっている中、イザヴェルの工房では何やら異変が起きていた。
「ヴァネッサさん…親方様は先ほどまで工房の中で作業をしていたのですが、突然いなくなってしまいました。それに、親方のいた場所にこんな手紙が……。」
ヴァネッサは工房の職人から手渡された手紙を手にとり、手紙の内容を読み始める。
「何々…ヴァネッサ、いやヴァルトラウテよ、イザヴェルの工房の親方は預かった。返して欲しければヘルヘイム大監獄まで来い。親方の他にもオーディンの妻のエルザもこの牢獄にいる。一週間を過ぎればこの二人を死刑に処する。」
手紙の内容をすべて見た瞬間、ヴァネッサの体が怒りに震える。
「ヴァネッサさん、ヘルヘイム大監獄へと向かうおつもりですか!?」
「当り前よ。工房の親方を連れ去られたうえ、奴らに私の本当の名を知られてしまったからね。この際みんなに話しておくわ。私の本当の名は…戦乙女ヴァルトラウテ。かつてオーディンに仕える戦乙女ですが、死霊王ジャンドラとの戦い以降、ヴァネッサと名を変えてこの工房で働いていたのよ。おっと、このことは工房にいる人たちだけの秘密にしておいてね。ヘルヘイムの連中に知られたら何かとまずいからね。では私は親方様を助けに参りますっ!!」
ヴァネッサは鉄甲弓(ボウアームド)を装備した後、鞄の中から小さな笛を取り出し、天に向かって吹きならす。笛の音が止まった瞬間、巨大な鳥がヴァネッサのもとに降り立つ。
「ショオオオオォッ!!!ショオォッ!!」
その巨大な鳥はクリスたちが森の中で出会ったフェアルヘイムの神聖な鳥、セイントバードであった。セイントバードはヴァネッサに頬ずりし、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「セイントバード…私をヘルヘイム大監獄までお願いっ!!」
セイントバードの背に乗った瞬間、セイントバードは大きく翼をはばたかせてイザヴェルを飛び立ち、ヘルヘイム大監獄のほうへとスピードを上げて向かっていく。ヴァルハラを過ぎたあたりから、ヘルヘイムの瘴気が強まり、セイントバードは苦しそうな鳴き声をあげる。
「大監獄まであと少しよ…だからがんばってちょうだいっ!!」
セイントバードは力を振り絞り、瘴気が漂うヘルヘイムの上空を滑空する。ヘルヘイム大監獄付近まで進んだ瞬間、ヴァネッサはセイントバードの背から飛び降りる。
「ここまで運んでくれてありがとう。では私は大監獄に突入するわっ!!」
その言葉の後、セイントバードは瘴気から逃れるかのようにフェアルヘイムのほうへと飛んでいく。ヴァネッサが大監獄の門前に着地した瞬間、武器を構えた見張りの監獄兵たちが彼女の周りを取り囲む。
「き、貴様はフェアルヘイムの者だな!!かってに入る者は斬る!」
見張りの言葉に動じることなく、鉄甲弓に矢を装填し、光の魔力と共に天に向かって放つ。天に向けて放たれた矢は無数の光の矢となり、見張りの監獄兵たちを次々と葬り去っていく。
「悪いけど、あなたと相手してる暇はないわ。」
見張りの監獄兵たちを退けたヴァネッサはヘルヘイム大監獄の大扉を開け、大監獄の中へと突入する。大監獄に突入に成功したヴァネッサは看守を次々と蹴散らしながら、地下牢獄へと足を踏み入れる。
「親方様の気配はこの地下から感じる……はやく行かなければっ!!」
その言葉の後、ヴァネッサは黒き戦乙女によって投獄された工房の親方を救うべく地獄の地下牢獄の奥へと向かうのであった……。
次のページへ