最終話 人間界(フェルスティア)へ…
ブリュンヒルデとの戦いを終えて無事に魔界へと帰還したリリシアは、王宮の書物庫の中でガルフィスと共に魔界の王のための勉強に励んでいた。一日の勉強を終えたリリシアは食事を終えた後、一緒に入浴しないかというゲルヒルデの誘いを受け、リリシアは急いで着替えを用意し、一日の疲れを洗い流すべく、浴場へと向かった。風呂に浸かるリリシアに、ゲルヒルデは自分の過去の出来事を少しだけ話した後、リリシアの脳内に過去のヴィジョンを送り込む。彼女に言われるがまま、静かに目を閉じたリリシアが見たのは、魔導学園の屋上で今にも飛び降りそうなゲルヒルデの姿がそこにあった。その数分後、昼寝のために屋上を訪れたディンゴが彼女のただならぬ様子に気付き、ゲルヒルデを助けようと近づいた瞬間、彼女は足を滑らせて屋上から落下する。その時、その危険を察知したディンゴがゲルヒルデの手を握り、腕に力を込めて一気に引き上げ、救出する。助け出されてもなおディンゴを拒絶し続けるゲルヒルデに、君を変えてみせるという力強いディンゴの言葉が彼女の心に光を与え、今の彼女が居ることを魔姫は知った。過去のヴィジョンを全て見たリリシアは、ゲルヒルデと共に浴場を後にし、ベッドに寝転がり眠りにつくのであった……。
ブリュンヒルデとの戦いから二週間が過ぎたある日、玉座に腰掛けるリリシアの下に、ガルフィスが手紙を手に、リリシアの下へと現れる。
「リリシアよ、地上界の皇帝であるアメリア様から伝令が入った。まずはこの手紙を読みたまえ…。」
「アメリア様から手紙……地上界で何かあったのかしら?とりあえず読んでみるわね。」
ガルフィスから手紙を受け取ったリリシアは、封を開けてアメリアからの手紙を読み始める。
「リリシアよ、レミアポリスにて地上界を統べる皇帝、アメリアだ。久しぶりじゃな…そなたが地上界を去ってから、もう3週間近く経った。クリスたちはソウルキューブの魂を解放する方法を探すべく、旅を続けている。ところで、かつてクリスたちと旅をしていたフィリスは旅に続けることが出来なくなったのだ。リリシアは知らないと思うが、彼女はウォルティア王の子を身ごもったままクリスたちの旅に同行していたのじゃ。しかし、時が経つにつれフィリスの腹の中に居る胎児が大きくなり、これ以上旅を続ければ流産する危険もあるため、彼女はウォルティア城で産休に入ったのだ。ディオンはその間、フィリスの身の回りの世話をしているので、現在クリスとカレニアだけが旅を続けている……。二人じゃ心細いのでな、魔界より人材を供出してもらいたい所存である。無理な願いだが、リリシアよ、宜しく頼む……。」
手紙を読み終えたリリシアは、その事実に目を丸くする。
「私知らなかったわ…。フィリス様が妊娠していたなんて……。さて、宮下町の酒場でクリスたちの旅に同行してくれる人でも探すとしましょう……。」
リリシアがその場を離れようとした瞬間、目の前にディンゴが現れる。
「今の話、全て聞いたぜ。お前、クリスたちの旅に同行してくれる人を探すために今から酒場にいくつもりだろ…。だったら、俺も同行させてもらうぜ。魔界の王の身に何かあったら困るからな…。」
クリスたちの旅の人材探しに同行させてくれというディンゴの言葉に、リリシアは軽く頷き、こう答える。
「そうね…。あなたが居れば少しはうまくやれそうね。ディンゴ、今から酒場に向かうわよっ!!」
クリスたちの旅に同行してくれる人を探すべく、リリシアとディンゴの二人は宮下町にある酒場へと向かって行った……。
酒場へとやってきた二人は、扉を開けて中へと入る。
「交渉は俺に任せろ。さて、協力してくれる人を探すとするか…。」
ディンゴはリリシアにそう告げた後、椅子に腰掛けて酒を飲む剣士の男に交渉を開始する。
「そこの剣士殿、ゆっくりしているところ悪いが、少しいいかな…?」
その言葉に、酒を飲んでいた剣士が振りむき、ディンゴの話を聞き始める。ディンゴは地上界にいるクリスに協力して欲しいとの旨を伝えると、男の剣士が答える。
「悪いが、地上界の人間に手を貸せない…。他を当たってくれ。」
ディンゴの説得もむなしく、交渉は失敗してしまった。その後ディンゴは腕っ節の強い数人に交渉を持ちかけたが、すべて交渉は決裂してしまった。
「ダメだ…。クリスに手を貸してくれる人なんて誰も居やしない……。今日の所はおしまいだ。一旦王宮に戻って対策を考えよう…。」
「そうね…。今日は人材探しのために酒場を転々と回っていたからね…。もうすぐ夕食の時間だから、早く王宮に戻らなきゃね。」
酒場を転々としているうちに、外はもう夕闇に包まれていた。二人は夕食を取るべく、急いで王宮へと戻ることにした。
交渉を終えて王宮に戻ってきたリリシアとディンゴは、夕食をとるべく大広間に向かっていた。二人が椅子に腰掛けた瞬間、ガルフィスがディンゴに問いかける。
「ディンゴよ…交渉はどうだったか…。クリスたちの旅に同行してくれる者はいたか…?」
「宮下町の酒場に行って交渉してきたけど、全部ダメだった……。夕食を終えたら部屋に戻って対策を練るつもりです……。」
ディンゴの言葉を聞いたガルフィスは、一つの提案を
「なるほどな…。そこで私から提案がある。共に戦った六人の仲間の中からクリスたちの旅に同行してくれる人を選ぼうではないか…。今から私が残りの四人を呼んでくるから、少し待ってくれ…。」
リリシアたちにそう言い残すと、ガルフィスは残りの大広間を後にする。その間、リリシアは仲間たちと話し合うことにした。
「とりあえず……共に戦った六人の仲間とは召使いのダークエルフの二人、ボウガン使いのディンゴ、治癒術士のゲルヒルデ、銀剣を繰る金騎士、そして最後に白竜族のハクだったわね。さて、一体誰がクリスたちの旅に同行してくれるかが楽しみですわ…。」
「そうだな…俺も選ばれるかもしれないからな。」
「ディンちゃんが選ばれたら、私も旅に同行するわ。旅先でディンちゃんに何かあったら大変ですからね…。」
リリシアたちが話し合いをしている中、ガルフィスが大広間へと戻ってくる。
「うむ…。大変申し訳ないのだが、イレーナとルシーネは私の補佐で旅に出れないということだ。金騎士殿は王宮の警備の仕事があって抜けれないとのことだ。そして最後にハクのことだが、ハクはもう自分が生まれた竜族の里へと帰ってしまったらしいのだ。」
その事実をしったディンゴは、驚いた表情でガルフィスのほうに振り向き、そう言う。
「共に旅をしてきた四人が同行できないということは…じゃあ俺とゲルヒルデがクリスたちの旅に同行決定って訳だな。」
「ディンちゃんと一緒なら、私…がんばっちゃうわよっ!!でも……魔界の王であるリリシア様が王宮から居なくなったら、王宮はどうなるの……。」
心配そうな表情を浮かべるゲルヒルデに、ガルフィスがそっと口を開く。
「その心配はいらない。私がリリシアの代わりに魔界の王を勤めるから安心したまえ。さて、クリスたちの旅に同行するメンバーが決まったようだな。では君たちには一週間、地上界の魔物にも太刀打ちできるよう、戦闘訓練といこうか。リリシアには今までどおり、法律と魔術の勉強に励んでもらおう…。では、私はこれで……。」
リリシアたちにこれからの事を伝えた後、ガルフィスは大広間を後にする。夕食を終えたリリシアたちは寝室に向かい、人間界の事をいろいろと話し始める。
寝室へと戻ったリリシアは二人を集め、人間界の事について話し始める。
「さてと、あなたたちには人間界の事を良く知らないから、私が教えてあげるわ。」
その言葉の後、リリシアは人間界の世界地図を広げる。
「これが人間界…またの名をフェルスティアよ。中央にあるのがこの世界の主要都市、レミアポリスよ。この王宮にはこの世界を統べる皇帝、アメリア様っていう物凄く偉い人が居るわ。アメリア様と謁見するときは、無礼なマネは決してしないように気をつけるのよ…。」
「わかってるって……。俺がそんな真似するわけないだろ。是非とも人間界の事を教えてくれないか…。俺たちにとって人間界は未知の世界だからな。」
人間界の事を教えてくれというディンゴの言葉に、リリシアはディンゴとゲルヒルデに人間界の事を話し始める。
「人間界の事がもっと知りたいのなら教えてあげるわ…。私がクリスたちと共に旅をしてきた人間界はね、魔界には無い青い空や海、草木が生い茂る自然が作り出した世界よ…。私はこの人間界で、魔王に奪われたソウルキューブを取り返すためにクリスたちと共に三体の七大魔王を相手にしてきたのよ。まずはエルザディア諸島にある水の神殿でリヴェリアスを、次にセルディア大陸の南東のアドリアシティでデモリックを、そして最後にファルゼーレ大陸にてエルーシュを倒したのよ……。」
三体の魔王を倒したことを聞かされた二人は、驚きのあまり唖然となる。
「そ…それって叛逆だろ!?どおりでメディスがお前を殺すために宮下町で腕っ節の強い人を集めていたというわけか…。」
「リ…リリシア様が七大魔王最強の存在であるエルーシュを倒したなんて……!?」
驚きの表情を浮かべる二人に、リリシアが更なる追い討ちをかける。
「言い忘れていたことがあったわ…。七大魔王を倒しソウルキューブを全て取り返したことをアメリア様に報告するためにレミアポリスに戻った私たちを待ち受けていたのは、なんと魔界王のメディスがレミアポリスを襲撃していたのよ。メディスの放った魔界兵を全て倒し、私は無謀にもメディスと戦ったわ。
しかし力の差は歴然だった…。私は奴の持つ冥府の大鎌の一撃により、私は首を刎ね落とされ、死んでしまったの……。しかし、ガルフィス様が私を蘇らせるためにメディスを裏切り、奴から首を取り返してくれたおかげで私は蘇り、メディスを倒し魔界の王となったのよ。まぁ、旅の話はそんなところね……。」
リリシアの旅の話が終わったときには、二人は驚きのあまり脱力していた。
「お…お前、一度メディスに殺されたのか…知らなかったぜ。」
「あわわわわわ……。お姉さんあなたの旅の話を聞いて、物凄く驚きましたわ……。」
リリシアがクリスたちとの旅の話を終えると、フェルスティアの世界地図を鞄にしまった後、部屋の電気を消し、ベッドに寝転がり就寝の態勢に入る。
「さて…私の話はこれで終わりよ。さて、今日はもう寝ましょう…。明日も勉強だからね。」
その言葉の後、リリシアたちは瞳を閉じ、眠りにつく。リリシアたちが寝静まった頃、ガルフィスはアメリア宛に手紙を書いていた。
「これでよし…と。後はポストマンに渡せば明日の朝には届くだろう。さて、地底郵便局にでも行くとしよう…深夜営業を行っているから、地上の郵便局よりも役立つからな…。」
アメリアへの手紙を手に、宮下町の路地裏にやって来たガルフィスは、マンホールを開けて地下へと降りていく。梯子を降りた先に、郵便局らしき建物がガルフィスの目に映る。
「まだ開いているようだ。中に入るとしよう…。」
地底郵便局の中へと来たガルフィスは、アメリア宛の手紙を近くに居るポストマンに差し出す。
「ポストマンよ。この手紙を人間界のレミアポリス王宮にいるアメリア様に渡してはくれないか。急ぎの手紙なので、明日の朝に届くようにして欲しいのだ。」
「分かりました。では異世界配送の手数料として350DG(デモンゴールド)頂きますが、よろしいですか?」
ガルフィスは代金をポストマンに手渡すと、ポストマンは手紙に消印を押した後、配送ボックスの中へと手紙を放り込む。
「ご利用ありがとうございます。ではこちらでご発送いたします。」
ポストマンに一礼した後、ガルフィスは地底郵便局を去り、王宮へと戻ってきた。彼は王宮の玉座に深く腰掛けると、そのまま眠りについた……。
その朝、人間界では郵便屋の男がレミアポリス王宮に現れ、郵便受けに一通の手紙を投函する。投函から数時間経った後、レミアポリスの大臣が郵便受けから手紙を取り、アメリアのいる玉座の間へと向かっていく。
「アメリア様!魔皇帝ガルフィス様から手紙がきておりますぞっ!!」
「ガルフィス様からの手紙か……。もしかすると人材供出の報せかもしれぬ。さっそく私によこせ。」
大臣から手渡された手紙の封を解き、アメリアは手紙を読み始める。
「アメリア様…。ルーズ・ケープ王宮副魔界王のガルフィスだ。今日はあなたに報告したいことがあるのでこの手紙を送った。あなたの言っていた人材供出の件だが、魔界から腕の立つものが二人来てくれるとのことです。この二人がクリスたちの旅に役立てれば、光栄でございます……。言い忘れていたが、リリシアは今魔界の法律と魔導術の高等技術を学んでいる。アメリア様のもとに戻ってくるときには、彼女の魔力はさらに強くなっているだろう。では私はこれで……。」
手紙を読み終えたアメリアは、魔界から人材が来てくれる事に心を躍らせていた。
「クリスたちの旅のお供に、魔界からリリシアと共に二人の仲間が来るか……。どんな猛者が来るのか楽しみじゃな…。」
うきうき顔のアメリアは、リリシアが人間界に戻ってくるのを心待ちにしていた。
そして、リリシアが魔界に戻ってから一ヶ月の時が過ぎた。クリスたちが待つ人間界へと行くべく、リリシアたちが旅の支度を終え、ガルフィスの下へと現れる。
「ガルフィス様、旅の支度が終わりました…。」
「地上界か…俺たちにとって未知なる世界だが、リリシアとゲルヒルデが一緒なら怖いものなどないぜ。」
「またディンちゃんと一緒に旅が出来るなんて……お姉さんなんだか嬉しくて涙がでてきてしまいますわ♪」
ガルフィスはブリュンヒルデから取り返した魔界王の杖をリリシアに手渡すと、地上界へと続く転送陣を描くように命じる。
「リリシアよ、地上界へと続く転送陣を描き、この二人を地上界へと導いてくれ…。」
魔界王の杖を手にしたリリシアは杖の先で王宮の床に円を描き、転送陣を描きはじめる。大きく床に円を描いた後、リリシアは魔界王の杖に魔力を込め、詠唱を始める。
「転送陣よ……この者たちを人間界へと導きたまえっ!!」
レミアポリスの王宮の風景を頭に浮かばせ、リリシアは魔力を王宮の床に描いた円に魔力を注ぎ込む。すると描かれた円が緑色に輝き、地上界へと続く転送陣が起動する。
「ガルフィス様…目的を遂行したら必ず無事に戻ってまいります。では私たちは地上界へと向かいます…。ガルフィス様、この杖はあなたが持っていてください。」
リリシアは魔界王の杖をガルフィスに手渡した後、リリシアはレミアポリスへと向かうべく、転送陣に仲間たちを集める。
「みんな、転送陣に集まってちょうだい。今からレミアポリスへと向かうわよっ!!」
その言葉の後、リリシアたちはレミアポリスへと転送されていく。転送を終えた後、転送陣は光を失い、音も無く消えていった。
「リリシアたちよ…クリスたちを頼んだぞ……。さて、久々に玉座にでも腰掛けるか。リリシアが魔界の王となってから、私は腰掛ける機会が少なくなったからな。イレーナ、ルシーネ!!早速魔界の王の補佐を始めようか…。」
ガルフィスはイレーナとルシーネを王座の間に呼び寄せた後、静かに玉座に腰掛るのであった……。
魔界王女リリシア 完
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